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「イヤッ! しゅじゅつやぁなのぉ!!」
泣きじゃくる幼子をなだめる藤崎がそこにいた。
「アユちゃんは、手術嫌?」
「イヤ。だってしゅじゅつしても治んないかもしれないんでしょ? パパとママだってアユがいないほうがいいと思ってるんだもん。アユがいなければ、みっちゃんもよろこぶの」
「……そっか。でもね、先生はアユちゃんに手術して欲しいと思ってるよ。発作起きるたびに苦しい思いしなくて済むようになるからね」
しゃがんで視線を合わせ、幼子に話していた。
「だって、パパとママは……」
「誰が言ったの? そんなこと」
「みっちゃん」
「そっか……。もうちょっと先生とお話しようか。
アユちゃんのご両親が着いたら教えて。……流石に限界だわ」
幼子に対する優しい表情は消え、看護師たちに厳命していた。
「杏里様」
娘の主治医がこちらに来た。
「なんだ、あれは」
「……申し訳ございません。手術を嫌がって騒ぐ子供です。ああいった輩はさっさと退院すればいいものを」
藤崎と真逆なことを言う主治医に、呆れた。
「すぐに俺の娘退院させろ」
「杏里様! まだ安静が……」
「素人考えで口を出させてもらうが、今の子供と俺の子供、重篤なのはどっちだ?」
答えない事が、「答え」だ。まったく、何のために今の桑乃木の院長が病院の拠点を京都から東京に移したか分からない。
「院長に会ってくるわ」
誰の案内も請うことなく、杏里は院長室まで行った。
「おや、治療内容に不都合でもありましたか?」
初っ端から先制攻撃と来た。
「あるな。何で入院措置なんだ? 自宅療養でも問題ねぇだろうが。……自宅で診れないとか、移動不可だって言っても一ヶ月は長すぎだ」
桑乃木の院長は一瞬きょとんとした顔をして、そして爆笑した。
「杏里様からそんなお言葉を聞けると思いませんでした。
まぁ、お嬢様の場合、中学一年生ですからね。問題ないですよ。移動したとしても。そちらが一ヶ月の入院と言い出したと聞いてましたから」
「挙句の果てには主治医二人制? ここの小児科は暇なのか?」
「暇じゃありませんよ。重篤な子供が結構入院してますので」
「じゃあ、一人で問題ねぇだろ。うちの馬鹿は俺が抑える。現場はあんたに頼んだ」
「承知しました」
「院長、失礼します」
ノックがして、入ってきたのは藤崎だった。
「どうした、藤崎君」
「緊急オペの承認と、執刀医のお願いに来ました」
「今度は誰だ?」
「稔川 歩美ちゃんです。多分一刻を争います」
「ご両親の承認は?」
「まだです。ですが承諾させます」
「また君が背負い込むのか」
「構いません。助けられる命を助けて何が悪いんですか?」
「……分かった。用意をしよう。それからなるべく保険適用にするから、書類を頼む。
杏里様、失礼します」
「オペが優先だろ? 一回帰るわ」
藤崎の真剣な眼差し。小児科医としてのプライドがあるのだろう。そして院長にも医師としてのプライドがある。
厄介な患者を抱え込む事が多い、それが藤崎の評判だった。
杏里は違うと思った。
他の医師が嫌がる患者を若い藤崎が診ているのだろうと。そして、後輩にそのしわ寄せが行かない。
おそらく、藤崎がこの病院を辞めたら大打撃を受けるのは目に見えている。
翌日、仕事を珍しく定時で終わらせ、病院へ向かった。