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 仕方なく次女を見舞ったあと、食堂に移動した。

「前、いいでしょうか?」

 にっこりと笑う、己と同い年くらいの白衣を着た男。

「他も空いてんだろ」

「あなたとお話したかったもので、四条院 杏里さん」

 男をぎろりと睨んだ。

 しかし、男はそれを気にすることなくそこに座った。

「『家族』ってなんでしょうねぇ」

「何が言いたい?」

「あ、大きな独り言です。気にしなくて結構ですよ」

 男は優しい笑みを崩さず、続けた。

「血の繋がりが家族でしょうか? だと夫婦は違いますよね。普通血の繋がりのない人間同士が結婚しますから。

 では、戸籍上の繋がりでしょうか? これも違いますよね。結婚すれば戸籍は今までと別に作られる。二世帯住宅ではこの括りに当てはまりませんよね。

 じゃあ、一緒に住んでいることでしょうか? これも違う気がしますね。

 家族仲が良くない、とか聞きますけど、それって家族なんでしょうか? 結局、家族ってのは自分で決めるものなのかも知れませんねぇ」

「あんたにとって『家族』は?」

「俺にとっての家族ですか? 一応一人暮らしですよ。両親とはとある一件で縁を切りましたから。……この時点で家族俺の中の『家族』という定義から外したいんですがね。一応血の繋がりでは、兄がいますがどうも好きになれない」

 あなたと逆です。さらりと男が言う。

「知ってんのか?」

「勘……と言いたいところですが、あなたは兄と名乗る人物には逆らわないようなので、そう思っただけです。逆に奥方やお嬢さんとは口を聞きたくないようですし」

 あっさりと嫌なところに土足で入ってくる男だ。

「俺にとって、『家族』は……一人娘だけでしょうか」

 初めて男が寂しげな顔をした。

「といっても血の繋がりはないんですよ。孤児ですから。でも、娘として引き取りたかった」

「過去形かよ」

「独身男は、娘を引き取れないんですよ」

 寂しげな顔は既になくなり、今は飄々とした表情だった。

「施設にでもいるのか?」

「いえ……そのまま話が進んでれば、当時付き合ってた女のところにいるでしょうね。……二年前の事です」

「……そうか」

「色んな意味であなたと俺は真逆だなぁ、って思ったんです。俺は独り者、あなたは妻子もち。あなたには血の繋がった娘がいて、厄介だと思っている。俺は血の繋がらない娘になるはずだった子供を手放して、それを後悔している」

「綺麗なほどに真逆だな。で、あんたの名前は?」

「俺はここに勤める小児科医、藤崎といいます」

 名前は聞いたことがある、というか先ほど次女の病室の前で次女の主治医と口論していた男だ。

「やはり見てましたか。……まぁ、いいですけど」

「そこまで第二主治医になりたくないか?」

「ないですねぇ……。本来なら、一週間もすれば完治するような病気です、っていうか入院の必要性すらないものでしたよ。それなのに、個室に一ヶ月とか病院を舐めてんですか?」

 言ってくれる。正直、杏里もさっさと帰りたいのだ。

「それなのに、主治医を二人つけるとか、愚の滑稽としか言いようがない。もっと重篤な患者にこそ、主治医を二人つけるべきでしょう?」

 そのままそっくり、先ほど次女の主治医へ言っていた男だ。おそらく最初は「親馬鹿」が無理矢理ねじ込んだと思ったのだろう。だから文句をつけに来たのかもしれない。

「あんたが診れる患者に枠があると聞いていたが」

「ありますよ。でも、娘の為に一つ空けておきたいんですよ。……本当に身体の弱い子でしたから。それに救急で運び込まれた患者がいた場合、大変でしょう?」

「あんた、どうしてここに来た?」

「う~ん。それはどうして病院をここにしたかという事ですか? だとしたらいくつか理由があります。まずはここが拠点病院だという事です。そして医療器具が豊富。救急指定病院で主治医制だということですよ」

「……福利厚生は」

「勿論、ありましたけど。今は後悔してますね。四条院優先の病院だった。それなら小児病院か、公立の病院にでも行けばよかった」

「今更無理だろ」

 ここまで四条院系列の病院を批判して、ただで済むとは思えない。

「無理でしょうね。だから、ここを辞めて別の病院に行く時は、海外にします」

 娘が診れなくなるのは残念ですけどね、そう付け加える藤崎からは哀愁を感じた。

「そこまで考えてんのか」

 にっこり藤崎が笑った。

「娘、捜して連れてこればいい。俺が協力……」

「しなくていいです。俺、かなり後悔してるので」

「後悔するなら動けよ」

「あなたに言われたくないですよ。結婚からして後悔してるような方には」

 よく分かったな。

「動いても、動かなくても俺は後悔するでしょうね。もし、今夏姫が幸せなら、幸せに出かなかった自分を呪うし、不幸になっていたら、連れてこなかった自分を呪います」

「夏姫?」

「あ、娘の名前です。記憶喪失だったので俺が名前付けたんですよ。写真見ます? 可愛いんですよ~~」

 血の繋がらない娘を藤崎が、これでもかと自慢し始めた。正直羨ましいと杏里は思った。写真を見せて、微笑む姿は己とは本当に真逆だ。

「だから、真逆だって言ったでしょう? でも本質は一緒(、、、、、)ですよね。お互い、後悔ばかりしている」

「確かにな」

 気がつけば、食事などしないで二人で話し込んでいた。

「はい、藤崎……分かった。すぐ病棟行くから。アユちゃんを興奮させないで」

 それだけ言うと、医療用PHSを切っていた。

「すいません。緊急呼び出しがきましたので、残る話はまた今度で」

「藤崎医師、アユちゃん絡みなら、盆はこっちでさげときますよ~~」

 厨房から陽気な声が聞こえた。

「じゃあ、お願いします!」

 慌てて藤崎は出て行った。

「アユちゃんって、藤崎医師が担当している患者さんなんですよ。結構重篤な病気を抱えてるらしくって、食事してても呼び出しがきますよ」

 先ほど陽気な声で藤崎に話していた女が、厨房から出てきた。

 

 また小児病棟に寄ってみるか、そんな事を杏里は思った。


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