第三話 事件概要
伊原優花殺害および死体遺棄事件担当刑事 三村憲弘の手記
被害少女の父、伊原圭介がそれを知ったのは帰宅途中に妻、伊原美咲からの電話を受けてだった。調書によれば時刻は午後六時過ぎ。娘の伊原優花が放課後に遊びに出掛け、まだ帰ってきていないことを心配する内容だったという。
伊原美咲に対する聞き取りによれば、伊原家は門限を六時と決めており、普段から素行に問題がないため、遊びに行くと言っても相手や行き先までは確認していなかったそうだ。
一昔前であれば、クラスメイトの連絡先などは学校側から配られていたが、現在では個人情報保護の観点からそういった名簿は配らない学校が多い。その時点ではまだ、相手がクラスメイトと限られたわけではないが(後の調査により、クラスの仲の良い友人と児童公園で遊んでいたらしい)、伊原美咲は心当たりに電話することもできず困惑し、夫に電話をしたようである。
その後、伊原圭介の指示で学校へ連絡し、学校側がクラスメイト宅に電話をし五時過ぎまで友人と遊んでいたことがわかった。複数の教師と帰宅した伊原圭介により、学校、自宅、遊び場であった公園付近の捜索が行われたが見つからず、午後八時十五分に警察署に連絡。以降も捜索が続けられ、午後十時二十八分に一人の警察官が、自宅近くの人工樹林の中で伊原優花の絞殺体を発見した。
遺体はあまり損傷しておらず、少女は服を着た状態で性的暴行の形跡もなかった。首にはロープ状の跡があり、かなり強い力で首を絞められたものであることがわかっている。抵抗する間もなかったのか、遺体の爪の間から犯人の痕跡が出てくることもなく、また凶器であるロープも未だ発見されていない。
翌朝のニュース番組では、報道各局がこの事件を特集記事として扱っていた。このとき、警察は被害少女の両親に対する捜査により、二人ともにアリバイがあることも発表していたが、インターネット上では両親犯人説や家で家事をしていたと主張する伊原美咲犯人説などが飛び交っていた。伊原宅のあるマンション付近には多くのマスコミが待機し、伊原圭介は会社を休む日が続いた。他に大きなニュースもないのか、ワイドショーでは連日この事件を取り上げていた。伊原家への悪意あるイタズラ電話や郵便が多く届くようになり、夫婦はホテル生活を始めた。この時点で、夫は会社を退職していたようだ。
伊原家へのイタズラや、報道陣の熱が引いたのは事件から二週間後。伊原美咲が自殺したことがきっかけだった。ある週刊誌により、伊原美咲が学生時代に風俗店で働いていたことがとか週記事として扱われた翌日のことである。
伊原美咲は夫の就寝中に、滞在先のホテルから抜け出し、一人自宅マンションに戻ったあと、ベランダから身を投げた。遺書は無かったが、警察はホテルや自宅マンションの防犯カメラの記録映像から、これを自殺と判断した。
警察では伊原圭介の後追い自殺を懸念したが、伊原圭介はその後すぐに自宅マンションを処分し、少し離れた場所にアパートを借りて住み始めた。
事件から一ヶ月が経過したが依然として犯人逮捕につながる証拠などは出てきていない。最近では伊原圭介に妙な動きがあるとの報告が上がってきているが、当局において、これを熱心に追いかける方針は今のところない。