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第十三話 ???

 病室のベッドの上。未だその場所に「探偵」谷口は磔にされたままだ。窓から外の景色に目をやる。昨日まであんなに降り続いていた雪はすっかりやんで、雲間から差す太陽が地面の雪を溶かしていた。溶けた雪が地面に残した染みを見ながら、谷口はため息をひとつ吐き出した。

 ……できることは、全てやったはずだ。

 あの男は一週間おきに病室へやってくる。今日、早ければもう来てもおかしくない頃合いだろう。

 

 そう考えていたとき、病室をノックする音がした。

「どうぞ」

 谷口はゆっくりと言った。遅れて扉が開く。

「伊原です。なにか進展は、ありましたか?」

 入ってくるなりその男は、前回と同じようにそう問いかけた。

「そうですね、少しは」

 谷口がそう答えると、男はハッとして顔を上げた。

「一体、どんな?」

 男は更に尋ねる。

「そうですね、その前に──。一つお尋ねしたいことがあります」

「何ですか?」

 谷口は口調を変え、ゆっくりと、言った。


「──おまえの実験は、まだ続いているのか?」

 瞬間、男は谷口から一歩遠ざかった。その男、見間違えるはずもない、伊原と名乗っていた男は、どう見ても伊武隆司本人であった。

 谷口圭介の記憶が戻ったのは、三日前の夜だった。その四日前、伊武が病室から帰ったあと、谷口圭介を激しい頭痛が襲った。

 きっかけは、医師に聞かれて日付を答えたときだ。違和感を感じた。事件から一ヶ月ほどしか経過していないなら何故、この遺体写真の少女は『半袖のワンピース』を着ているのか。一ヶ月前であれば十二月。すでに十分すぎるほど寒い時期である。夕方に出かけた少女がこんな服装をしているはずがない。暴行の形跡もなく、衣服もほとんど乱されていなかったはずだ。だとすれば、この写真は──。そこから三日間、谷口は高熱にうなされ続けた。

 熱が下がった時、谷口はまだ、すべてを思い出していなかった。しかしこの感覚は、間違いなく真実を告げていた。

 

 「探偵」と呼ばれた男の名は谷口圭介。旧姓、伊原圭介。妻の死をきっかけに婿養子だった圭介は苗字を旧姓の谷口へ戻した。知り合った本当の探偵が谷口純也ということには、運命的なものを感じた。

 資料を読み、写真を目にしたとき、圭介はすべてを思い出した。

 愛する娘を殺された。残された妻も失った。そして、自らも死の淵へ追いやられた。自分の名を騙り、自分の記憶を語る真犯人、伊武の手によって。

 圭介は伊武を睨みつける。伊武は一瞬焦りを見せたが、すぐに冷静さを取り戻す。

 ──まだ、これからだ。

 圭介はベッドから動くことができない。手を伸ばしても届かない位置に居ることは、伊武に圧倒的有利を与えている。既に伊武の口元には笑みが浮かんでいる。冷静さだけだなく、余裕をも取り戻したのだろう。もはや圭介には、伊武に触れることすら叶わない。

 ──だからこそ、勝機はある。

「お前はいくつかのミスを犯した」

 圭介は落ち着いた口調でそういった。

「お前が掃除好きだと言った大神婦人だが、あの人は何も掃除がしたくて箒を持っているわけじゃない。あれは、カラスを追い払うためだ」

 伊武の口から笑みは消えない。

「さらにおまえが持ってきた優花の写真、あれは俺の記憶には無い」

 伊武は口角をいっそう吊り上げる。

「あれはお前が、優花を殺したあとに自分で撮ったものじゃないのか?」

 伊武はとうとう、堪え切れないというように口を開いた。

「ああ、そうだ。なかなかサマになっているぞ、探偵さん。お前が死んでいないと分かったときは残念だったが、記憶を失っていると知って閃いた。実験はまだまだ続けられる。お前が記憶を取り戻したときに抱く感情を知りたかった。今、どんな気分だ?怒りか、呆然か、それとも失意か?なぁ、教えてくれよ」


──その、どれでも無いさ。


「ただ、『終わった』というだけだ」

 病室の扉が乱暴に開けられる。外から三村刑事が飛び込んできた。手には拳銃。銃口の先には、伊武。

「伊武隆史だな。伊原優花殺害事件の重要参考人として署までご同行願おうか」

 三村の後ろには数人の刑事が立っている。伊武に逃げ場はない。

 すべては『終わった』のだ。

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