カバンの行方
SIDE アザとー
さて、皆様がいちばん気になっているであろう、カバンの行方を。
翌日、パートをあがってスマホを見ると見知らぬ03ナンバーから電話がかかってきていた。折り返しの発信を試みる。
実はカバンではなく、パソコンに関しては……なんというか、説明のしにくい予感のようなものがあった。
あれは、毎日手元に置いて朝となく夕となく文章を打ち込み続けた愛機、すでに体の一部と同じ。しかし、その体の一部がなくなったというのに、さして喪失感を感じたわけではない。必ず戻ってくると、そんな気さえしていたのだ。
果たして、電話の向こうから聞こえたのは待ちわびた報せだった。
『もしもし、浅草警察署ですが……』
この瞬間、私は右手を突き出し、こぶしを握り、ぐっと引き寄せた。いわゆるガッツポーズである。
カバンは芝生の上にきちんとおかれていたそうである。おそらく眠るのに邪魔な荷物をきちんと下ろしてから、石ベンチに這い登ったのだろう。中身はもちろん、すべて無事。財布の中身に至るまで手付かずだというのだから、カバンを拾ってくれた人にはただ感謝しかない。
何よりもパソコンにダメージがなかったことが、この上なくありがたい。
珍道中の終わりとともに、東京の空は雨模様に変わった。無事にパソコンが戻ってきたとしても水濡れによる故障は覚悟していたのだが、これでデータサルベージに出す必要もなくなった。
さてさて、弟に迷惑をかけ、弟の嫁さんに迷惑をかけ、カバンを拾ってくれた方にもお手間をかけさせ、あっちこっちにご迷惑おかけっぱなしの大騒動ではあったが、都内を歩き回るというのは実に面白い体験であった。
何よりも東京という街そのものの息吹というのだろうか、誰もいない早朝の住宅街、人の行きかう繁華街、足も止めずにビジネスマンが歩き回るオフィス街と、はからずも都会の時間の流れというものを体感することができた。
それに、下町の風情濃い細道に入れば、そこには実に濃厚な人間の気配が漂っている。狭い軒間に、家の前に置かれたちょっとした植木に、無造作に置かれた自転車に。表通りの整然とは対をなす雑然がそこにあって、まさに表裏一体。コンクリートで固められ、気取って見せてはいるけれど、少し知れば実に親しみやすい人間臭さに満ちた街、東京。
だからこそ、もっと知ってみたい。
次は素面で、ただし目的は決めずに歩き回るのも悪くないかな~、なんて目論んでいるのは、弟には内緒なのである。