8話目: 勇/ それ挨拶の言葉じゃないですから
新キャラ登場
「ふぁあ~、・・・ねむっ」
もう何度目になるかもわからないあくびを噛み殺す、端的にいうと寝不足である。
昨日なかなか寝付けず、寝返りを打つだけの機会と化した俺に眠気がやってきたのは午前4時前後だった。時々スマホで漫画を読んでいたし、時間に関しては間違いない。バイトが9時からだったので8時に起きたと仮定すると、大体4時間ほどしか眠れていない。
あー眠いわー、昨日4時間しか寝てないわー。つらいわー、隣りにワケありの女が寝てたから意識して眠れなかったわー。いつも午前4時までしか起きてないからつらいわー。
・・・あれ、いつもどうりじゃね?
4時間ほどしか寝てないが、よくよく考えると俺は普段から四時間しか寝ていない。
じゃあなんでこんなに眠いんすかね。リリィが気になって眠れなかったし、近くで異性が寝てて気疲そってその童貞誰だよ、俺だよ。
「そのあくび何度目ですか、先輩っていつも眠そうですよね」
幾度となく繰り返される俺の欠伸に、背後から呆れた声がかけられた。
振り向くと、そこには眼鏡をかけ、黒髪を肩口で切り揃えた外人少女が立っている。おいおいまた外人かよ、と一瞬思ったがよくよく見ると後輩だった。
外人なのに黒髪ですのん?染めてますのん?と初めは思って調べると、黒髪って世界的にみると結構多いそうな、逆に純粋な金髪は少ないらしく世界人口ですら2%前後だとか。
そして金髪は髪が細く量が多いらしい、これマメな。
それにしてもこいつ、やたら日本語がうまいし、髪の色も相まって実は日本人なんじゃねーかという疑いが俺の中で浮上している。まあ瞳の色はグレーだし、多分外国人であってるけどな。
そんな外国人少女に、おれは挨拶をする。
「ようオルガか、すぱしーばー。お前もシフト入ってたんだな」
「いやスパシーバって・・・、先輩それ挨拶の言葉じゃないですから。ナマステーみたいなノリでいうのやめてくださいよ」
この後輩の名前はオルガ、苗字は覚えてない、海外留学生のロシア人で18歳だ。
初めて聞いたときはガン〇ムにでそうな名前だと思っが、それはオル〇ガだっけか。惜しくも一文字足りない、残念。
外人のくせに日本語が完璧なのは、日本のアニメが大好きで、見てるうちに覚えたからだそうだ。日本に留学した理由もアニメ文化に浸りながら青春を謳歌(?)したいという、実に解りやすい理由だ。
字幕付きのアニメ見れば日本語覚えんでもええやん?と思って一度聞いてみたところ「字幕は甘え」という言葉が返ってきた。そうとうガチである。
ここの面接では「日本文化に触れる一環として、日本の仕事というものを経験し、母国ロシアに戻った時にここでの経験を活かせればと思い応募しました」などという実に意識の高そうなことを言っていたが、俺はグッズを買い漁るための資金調達が目的だと踏んでいる。
そもそもハード〇フで活かせる経験ってなんだよ・・・。
言うまでもないが、日々の日課はアニメ鑑賞。
まあそんなことより、今は挨拶の続きだ。
スパシーバーは挨拶じゃないらしい。
「違うのかすぱしーばー、俺はてっきり困ったときはこう言え、的なやつかと思ってたわ」
「違いますよすぱしーばー、正確には”Спасибо”です。ありがとうって意味ですよ」
「ほーん」
わざわざ説明してくるが、興味がないので聞き流す。
するとお気に召さなかったのか、抗議の声が上がった。
「ちょっと先輩?せっかく人が教えてあげてるのに、どうしてそんなどうでもよさそうなんですか」
「そりゃお前、俺海外行かねーし」
「じゃあ海外の人が日本に来たらどうするんですか、ワタシみたいな留学生だっているんですよ!」
「日本に来るなら日本語勉強してから出直してこい、もしくは英語」
「いや、先輩英語しゃべれないでしょ」
「英語ならしゃべれるぞ、ハワイにも一週間ほどいたことあるし」
「へーそうなんですか、じゃあ試になんかしゃべってくださいよ」
「”Hello World”」
「それなんか違くないですか!?」
「違くねーよ、プラグラム言語ってほとんど英語みたいなもんだし通じるって、多分返事もかえってっ来るぞ」
「ハローワールドに対して何が返ってくるんですか・・・」
「Oh Crazy….(こいつ、頭おかしいぜ)」
「それ通じてないし!返事でもないし!」
俺のあふれんばかりの英語力(笑)に声を荒げるオルガ、どうもオルガ程度では俺の頭脳に太刀打ちできないようだ。ふふん、ざまぁ。
それから少しの間オルガで遊んでいると、レジにお客さんがやってきた。
すぐにオルガから目を話しお客さんに向き直る、お客さんはハード〇フには縁のなさそうな高齢のおじいさんだった。
やたらニコニコしている、この顔がデフォルトだろうか。
「「ようこそ、いらっしゃいませ」」
俺とオルガがおじいさんに挨拶する、するとおじいさんは口を開いた。
「―――――――。」
だがおじいさんの口から出た言葉は、俺の知らない言葉だった。
オルガの方を見てみると首をかしげている、どうやらロシア人ではないようだ。
それにしてもマジですか、昨日今日で外人三人目だよ、いや一人は元から知ってたけども。
なんなの?今海外旅行がブームなの?
「申し訳ありませんがお客様、日本語か英語をお話になることはできますか?」
言葉が通じないからと言って放置するわけにもいかず、日本語で問いかけてみる。通じる見込みはないが念のためだ、もしだめならどうにか俺でもわかる言葉を話してもらうか、最悪ジェスチャーで対応してもらおうと思うが、それでも通じなかったらあとは知らん。
誰にだって、できることとできないことがある。
俺の問いかけにおじいさんは考えるようなしぐさで一言二言呟いて、こちらをますぐに見つめた。
こちらもどうしようもなくすまなそうな顔をしておじさんを見返す、すると頭の中に声が響いた。
「(入浴セットはあるかな?)」
こいつ直接脳内に・・・!?
思わず表情が硬くなってしまい、おじいさんをにらみつけるような目を向けてしまう。それでもおじいさんは目を離さなかったが、やがて諦めたようにため息をついた。
そして「じゃまして悪かった」とでもいうように、俺たちに軽く手を挙げた後、おじいさんは帰って行った。
「何だったんでしょうね、あのおじいさん」
おじいさんが去ってから、オルガが疑問を漏らす。
だがそんの疑問に答えるような余裕はなく、俺は思わずつぶやいた。
「まさかあのネタを目の当りにするとは思わなかったぜ・・・」
「・・・はい?」
「いや、なんでもない」
俺の言葉にさらに疑問府を浮かべるオルガを受け流し、いるかもわからない神なんぞに想いを馳せる。
ああ神よ、こんなことも世の中には起こり得るのですね。
まあ、十中八九俺の勘違いなのだろうが。
現代人で登場するヒロインはおそらくこの子だけだと思います。