7話目: /魔 凍った世界かとすら思わせる、そんな空間。
魔王sideです
あれから車で少女を自宅に運び、本宅の元自室の布団の上に転がした。
「流石に、止血ぐらいはしてあげたほうがいいよね」
そう思い、おぼろげな記憶を頼りに救急箱を探す。だれも住まなくなって久しく、自身も数年ほど立ち入るこがなかったため、見つかるかどうか若干の不安があった。
手つかず。ということは逆に考えれると、記憶さえ正しければ見つかるということである。
特に苦労することもなくリビングで救急箱を発見し、自分の記憶が衰えていないことに少しだけ安堵して、少女を置いた部屋に戻る。
救急箱をベッドのわきで開き、不備がないことを確かめる。
止血だけなら特に問題なさそうだと判断し、コンテナから持ち出したタオルを広げ、同じく持ち出した洗面器にお湯を張る。
「よしっ」
準備が滞りなく終了し、一つ気合を入れて少女の衣服に手をかけた。
衣服を脱がしタオルでお湯を絞り、少女の体を拭っていく。手慣れた、とは言えないまでも淀みない手つきで、少女の体にこびり付き赤黒く変色した血を落としていく。
少女のきれいな肌が徐々にあらわになっていく。血の気を失ってはいるものの、それでも綺麗だと表現できる肌が見えるが、そんなものは気にもならなかった。
なぜなら、
「塞がってる・・・?」
貫通していたはずの風穴が塞がっていたからだ。
以前出血は止まらず、少女の息は弱々しいものであったうえ、覗き込めば中身が見える状態ではあるが、もう貫通はしていない。
そもそも自然治癒しようとしたことが異常である。
あまりの非現実さに、思わず止血すらやめようかと思ったが、以前出血は止まってないので処置を施す。
処置とはいっても、さらしのように包帯を巻くことぐらいしかできないのだが。
血を拭い包帯を巻く、たったそれだけの事ではあったが。事が終わるころには、既に日付は変わっていた。
作業中、一度山下からメールがあったが、「ごめんだけど、取り込んでるから返事できない」とだけ返した。
人が取り込んでいるときに「美女が隣で寝てる件について」などというふざけた冗談を言われても腹が立つだけである、これは完全に自分の都合ではあるが。
一応火急の作業は終わったので、返事をした方がいいかと思ったがやめることにした。なぜなら返事に困ったからだ、何度読み返しても「お、おうっ・・・」程度の感想しか出てこない。
冗談ならもう少しマシなことを言って欲しいものだった。
「あ~疲れた~」
包帯やガーゼなど、使った道具を救急箱にしまった後、自分の体を伸ばしつつ少女の容体を見る。
依然苦しそうな息遣いではあったが、心なしか先ほどよりもらくそうであった。
止血は施したがそれだけだ、おそらく純粋に回復しているのだろう。相変わらず恐ろしい回復速度だ。
この様子であれば、少しくらいなら目を離しても問題ないだろう。
とりあえず火急の処置は終わったが、まだ後片づけが残っている。
救急箱は置いてていいとしても、問題は体を拭いたタオルだ。
あの傷にしてあの出血量である、使用したタオルの数も相当なものとなった。これらを全て洗おうと考えると、洗濯機さんには頑張ってもらわなければならない。
他にも運ぶ時に廊下や壁に血が付着し、さながら殺人現場のような雰囲気を醸し出していたが、これに関しては放置するつもりでいた。
この家は電気や水道が通っているものの、現状として人は住んでいない。そんな場所に訪れる人間は家主の子供である自分ぐらいであるし、そもそも片付けようにもこの部屋以外に関しては手に余ることは既に経験済みであった。
さて、と気持ちを入れ替え、今からするべきことを考える。
まずはタオルを洗濯機にかけ、洗濯機が動いている間に車の掃除、そのあとは洗濯物を干しての繰り返し。
仕事上がり、それも深夜の家事はじつに億劫ではあるが、一人暮らしの為サボるわけにはいかない。
そう思い、疲れを訴える体に鞭を打って立ち上がる。
血の滲んだタオルを持てるだけ抱え込み、コンテナの洗濯機まで向かう。ふたを開けてタオルを全てぶち込み、慣れた手つきで操作してから洗剤を投入する。
その後なんどか往復し、タオルを洗濯機に投入または入りきらならない分はその手前におき、車の掃除に向かう。
その後自分の夕食や入浴等、すべての作業が終了したのは午前5時近くだった。
疲れと眠気にもはや朦朧としつつも、全てをやりきった達成感にひたりつつ少女の部屋に舞い戻る。
少女の意識は依然として戻らないままだったが、もはやその寝息に弱々しさはなく安らかな寝息にさえ聞こえた。
少女にとって、あの傷は致命傷たり得ない。
その予想が正しかったことに安堵し、かといってここに少女を放置してコンテナに戻るのはかわいそうだと思い、今日はここで眠ることにする。
クローゼットを開け、予備の布団を取出し、床に敷いていそいそと潜り込む。
横になったとたん沈み込む意識に、さして抵抗することもない。
だから最後にはなったつぶやきは、無意識のものだった。
「明日休みでホントよかった」
それから約六時間ほど経っただろうか、日が差し込んでいるにも関わらず、その部屋の空気は刺さるかのように冷たく、吐く息は当然のように白い。
その寒さと相まって、静かな部屋は見る人間によっては、凍った世界かとすら思わせる。そんな空間。
その空気の冷たさと、喘ぐような喉の渇きを感じて。
やがて少女は目を開く。
ただぼんやりと、知らない天井をしばらく眺めた少女は、やがて驚いたように目を見開いた。
自分に意思が残っていることに、今になって光を感じれることに、驚きを隠せないでいた。
ただひたすらに、食い入るように差し込む光を見つめ続け、ようやく少女は落ち着きを取り戻した。
再び、ゆっくりと瞼を閉じる。
そして少女は、生の実感をかみしめた。