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雨上がりのメロディ  作者: 沖川英子
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雨上がりのメロディ

 玄関を出ると、ひんやりと湿った空気が正弘(まさひろ)を包んだ。ジャケットを着ているのに鳥肌が立つ。昼間のあの温かさがウソのようだ。

 マンションの廊下にも雨が吹き込んでおり、あちこちが濡れて光っている。滑らないように注意して歩き、正弘はエレベーターで駐車場に向かった。

 駅までは車でせいぜい五分ほどだ。が、片側一車線の道路はいつになく混雑し、普段のスピードが出せない。少し二人を待たせてしまいそうだ。

 車のラジオから流れる交通情報で、正弘はこの混雑の原因を知った。近くの国道で雨による事故が発生し、通行規制が敷かれているのだ。そのせいで、国道から抜け道を探す車がこちらまで流れてきているのだった。おかげで車はじりじりとしか進めず、歩いたほうが速いのではないかと思うほどだ。正弘はふう、とため息をついた。帰りは別のルートを取った方が良さそうだ。

 その後はトーク番組が始まったので、正弘は信号で止まったのを幸いに選局ボタンを押し、適当な音楽番組に切り替えた。

 ワイパーの向こうには赤く滲んだテールライトが続いている。駅前のスーパーに着くまでにはまだかかりそうだ。

 ラジオを聞き流しながら、正弘は帰宅してからの事をぼんやりと考えた。

(帰ったらすぐに夕飯の仕度かな。何にするのかは分からないけど、朋美(ともみ)を手伝うか)

(ああ、それとも、将太(しょうた)の宿題を見てやったほうがいいかな。あいつ、俺に似て頭は悪くないけど、やっぱり俺に似てうっかりミスが多いから……)

前の車に続いてゆっくり進み、ほんのわずか行ったところで停まる。それを繰り返しながらじりじりと駅前へ向かう。薄暗い雨のカーテンの中に、いくつもの光が滲む。



 不意に、聞き覚えのあるリフが耳に飛び込んできた。

 それは正弘の心をぐいと掴み、彼を音の中へ引き込んだ。




 青空の向こうに、胸が痛くなるほど眩しい入道雲が湧き上がっている。陽の光がそこらじゅうで弾け、景色が白っぽく見える。

 風は弱く生ぬるい吐息のようで、汗ばむ肌を冷やしてはくれない。道の両側の側溝からは独特のむっとする臭いがし、それがセミの姦しい声と合わさって音と香りの不協和音を奏でている。

 それでも、マサヒロの心は弾んでいた。駆け出して叫びたいほどだった。

 今日で大学の講義は全て終わった。

 長い長い、高校までとは比べ物にならないくらい長い、夏休みが始まったのだ。

 彼の隣には、同じサークル仲間のニキがいる。大股でさっさと歩きながら、時折、化粧気の無い顔に浮かぶ汗を無造作に手で拭い、

「あっつ」

と呟く。つんつんと短い髪、ポロシャツとジーンズにスニーカーというラフな服装と相まって、女子大生というよりは田舎の少年みたいだ。

 二人は大学近くのファミリーレストランに向かっていた。そこで、同じサークルの友人たちと夏のキャンプに向けて計画を立てることになっていたのだ。他のメンバーは既に講義を終えて、先に着いているはずだった。マサヒロとニキだけが午後の時限の講義を残していたため、遅れて合流することになっていたのだ。

 とはいえ、一緒に行く約束をしていたわけではない。たまたま校門を出たところでばったり出会ったため、二人で行くことになったのだ。

 それは、マサヒロにとっては嬉しい偶然だった。

「あっついねー」

木陰一つない炎天下の道路を歩きながらニキが言う。しかし、言葉とは裏腹に暑さに倦んだ様子はなく、むしろその声は楽しげに弾んで今にも歌いだしそうだ。

 彼がそう思ったのとほとんど同時に、ニキは本当にふんふんと歌いだした。始めは鼻歌だったのが、気分が乗ってきたのか、段々と声が大きくなる。格別に上手いわけではないが、澄んだ伸びやかな歌声だ。

 と、突然、ニキの口から流れ出るメロディが彼の頭の中で一つの曲と結びついた。

「あ、それ!」

驚きと嬉しさに、思わずマサヒロの声が大きくなった。

 ニキが歌っていたのは、少し前にデビューした若手バンドの新譜だった。イントロのリフが印象的で、このところマサヒロは何度も繰り返し聴いていたのだ。

「知ってる?」

歌を止め、ニキが少し驚いたようにこちらを見る。

「うん。最近、よく聴いてるよ」

勢い込んで頷くと、彼女はへえ、と呟いた。暑さに赤くなった頬が少し緩んでいる。

「知ってるって人、初めて見たよ。バンドも曲もあんまり有名じゃないから」

ニキの言うとおり、彼らはまだ「知る人ぞ知る」という存在だった。音楽が好きで始終アンテナを張っている人でないと、その楽曲はおろか、名前すら耳にしないだろう。

 だからこそ、マサヒロは嬉しくなった。彼とニキの感性のアンテナは、同じ方向を向いているようだ。

「いい曲だよね。全体も好きだけど、俺はイントロが好き。ちょっと切なくて」

「あ、分かる分かる!」

語り合える仲間を探していたのか、ニキの声が弾んだ。

「聴いた感じは明るいんだけど、からっとしてるわけじゃないんだよね」

「そうそう! なんだろう、ノスタルジックというか……」

「うーん……湿り気、って言えばいいのかな? 明るい中に、ちょっとしっとりした感じがある……」

少し顔を上げ、青く輝く空を見ながら、

「夏の雨上がりみたいな感じ。雨上がりのメロディ」

ニキは言う。

 雨上がりのメロディ。その言葉はマサヒロの胸にすとんと落ちた。

 確かに、その曲の持つ透明な明るさは雨上がりの景色を思わせた。突然の大雨が去って、辺りは瑞々しく輝いている。たっぷりと湿った空気は芳しい土と草木の香を含み、胸をきゅっと締め付ける。空は深い青に染まり、もしかしたらどこかには虹がかかっているかも知れない。

 明るく芳醇な雨上がりの世界。

 マサヒロは、肌を掠める爽やかな風と青い草いきれを感じた。

「ニキ、いいこと言うね」

本当に、茶化すわけではなく、心の底からマサヒロは言った。雨上がりのメロディ。こんな短い言葉で、彼女はあの曲をぴたりと形容した。

その言葉には応えず、彼女はまた、暑い、と呟いて乱暴に額を拭った。

「それよりさ、マサヒロ」

ニキがこちらを向く。少し顔をしかめているのは、彼の後ろに太陽がかかっているからか、それとも照れているからなのだろうか。少しぶっきらぼうな口調だった。

 他の女の子たちのように「村瀬くん」とは呼ばない。「ムラッチョ」という皆が呼ぶあだ名でもない。親しい男友達がするように、ニキは彼の下の名を無造作に呼んだ。それは彼女にとっては特別なことではないようで、他の友人たちのことも、ニキは下の名で呼んでいた。あだ名があろうがなかろうが、彼女が友人と思う相手ならば誰でもそうだった。始めは面食らっていた者も、一学期が終わる頃にはすっかり彼女の呼びかけに慣れてしまっていた。

 それでも、マサヒロは未だに彼女に名を呼ばれる度に、驚きと嬉しさと照れくささで落ち着かない気分になった。なんら含む所は無いと分かっているのに、彼女のまっすぐな呼びかけはいつでもマサヒロの心をざわめかせた。

「マサヒロは、どっか行きたいとこあるの?」

「行きたいとこ?」

「そう、キャンプの行き先」

そういえば、キャンプに行くという所までは合意したものの、行きたい場所についてはきちんと考えていなかった。他のメンバーの意見を聞いて決めればいいと思っていたのだ。

「うーん……」

少し考え、

「山、かな」

マサヒロは応える。

「あ、でも、やっぱり海もいいかもな。俺、あんまり海に行ったことないから……あ、でもそれ言ったら山もだな」

「どっちだよ!」

ははっ、とニキが笑う。切れ長の目がきゅっと細まり、いたずら好きの少年のような顔になる。マサヒロも、どこがいいかなあ、と言いながら笑ってしまう。

 本当は、どこでも良かった。ニキが一緒なら。

「ニキは? 行きたいところあるの?」

「わたしは海」

それが当然とばかりに、ニキはきっぱりと言った。

「海、好きなの?」

「うん。従兄弟んちが海辺にあってさ。夏は毎年そこに行って、毎日泳いでたんだ」

「じゃあ、泳ぎは得意なんだ」

「まあね。素潜りなら結構深くまで行けるよ。さすがに男の子には負けるけど……」

ニキは手振りを交えて話し始める。正しいジャックナイフ(潜り方の一種だそうだ)のやり方とそのコツ。潜る前に気をつけなくてはいけないこと。耳抜きの仕方。

「フィン……足ヒレのことね。あれを使うときは、余計な力を抜いて足の付け根からゆっくり動かすんだよ。膝が曲がってるとうまく水を掻けないから」

「従兄弟んちの辺りには熱帯魚がいるんだよ。黒潮に乗って来ちゃうやつ。死滅回遊魚って言って、冬は越せないんだけどね……」

楽しげに、誇らしげに、ニキは海を語る。頬を赤くして、黒い目をきらきらと輝かせて。並んで前を見ながら喋っているから、マサヒロには彼女の横顔だけが見える。額から、すっと伸びた鼻を通り、きゃしゃな顎へ繋がる柔らかな稜線に見とれる。

 不意に、胸の奥に甘い痛みが走る。

 この横顔をもっと見ていたい。

 こうやって、ずっと二人でいられたらいい。並んで同じ方向を見て、楽しいことを沢山話して、一緒に笑って。

 いつまでも、一緒に歩いて行けたらいい。

 けれど、二人の足は着実に目的地へと向かっていた。いつの間にか最後の信号にさしかかっており、道路の向こうには、待ち合わせ場所のファミリーレストランが夏の苛烈な光にさらされて待ち構えていた。

 二人きりの時間はおしまいだ。

 マサヒロの思いなど露とも知らず、

「着いたー!」

ニキは嬉しそうだ。クーラ、クーラ、文明の利器、とよく分からない即興の歌をうたっている。早く涼みたいのは彼も同じだったが、今ばかりはレストランの近さが恨めしくもあった。

 信号が青になり、二人は最後の数十メートルを歩き出した。横断歩道の中ほどで、

「行き先、海になんないかなあ。なんならうちの従兄弟んちでもいいのに」

ニキが呟く。

「山は嫌?」

「ってわけじゃないけどさ……山も、好きだけど」

眉をしかめ唇を尖らせているのに、それでも彼女の目は楽しそうに笑っている。

「やっぱり海に行かないと、夏って気がしないよ」

「ふーん」

横断歩道を渡りきる。もう、十メートルも行けば、ドアの取っ手に触れてしまう。

「じゃあ、俺、海に一票入れとくよ」

「ほんと!?」

マサヒロの一言に、ニキがぱっと振り向いた。大輪のひまわりのような笑顔が咲いた。

「うん。ニキの話聞いてたら、海に行ってみたくなったし」

何も彼女のご機嫌を取りたくて言ったわけではない。実際にニキの話を聞いていたら、少しべたつく香しい潮風やざわめく潮騒、しっとり濡れた熱い砂、ひんやりと体を包む青い水の世界、そういったものが彼の心を惹いただけなのだ。

 それでも、やっぱり彼女の笑顔を見ると胸が弾んだ。

「よし、とりあえず二票は入るわけだ。わたしのと、マサヒロのと」

アプローチの短い階段を登る。ニキはマサヒロより前に出て、少しメッキのはげた取っ手を握る。

「ああ、でも、もし駄目だったらさ」

こちらを振り返りもせず、ぽん、と放るように何気なく、ニキは言った。

「マサヒロ、一緒にうちの従兄弟んち来てもいいよ」

「え」

勢い良くドアが開き、冷たい空気が溢れ出す。ピンポーンというチャイム音の後に、いらっしゃいませー、という店員の合唱が響く。

 どういう意味か質す間もなく、奥の窓際に陣取った友人たちに軽く手を挙げて、ニキはすたすたと歩いていった。

「ニキすごい、耳まで真っ赤!」

「だって、外あっついんだもん」

「水飲め、取りあえず」

じんじんと耳の中で音が響き、仲間たちの笑い声が遠く聞こえた。




 フレッシュマートの駐車場に辿り着く頃には、雨は小降りになっていた。駐車場内をゆっくり運転していると、店のガラス越しにこちらに手を振る小さな影が見えた。

 自動ドアを開け、将太と朋美が出てくる。

 後続車がいないのを確認して正弘は車を停める。すかさず、二人が小走りに寄って来る。

「助かった!」

言いながら、将太と朋美はさっと後部座席に飛び込み素早くドアを閉めた。正弘はアクセルを踏み、再び車を走らせた。

「お父さん、ありがとう。助かったわ」

足元に買い物袋を置いているのだろう、正弘の後ろから、ガサガサとビニール袋のこすれる音が聞こえる。

「いやいや。遅くなってごめん。道、混んでてさ」

「ううん、レジも混んでたから、ちょうど良いタイミングだったよ」

朋美がふう、と息をつく。と、

「おとーさん、オレ、映画見た!」

すかさず話の切れ目に将太が飛び込んで来て、そこからしばらくは、二人が見てきたアニメ映画の話が続いた。あらすじや面白かったところ、主人公の決め台詞や仲間の熱い一言など、よっぽど気に入ったのだろう、彼は息もつかずにまくし立てる。朋美までも、あのシーンはかっこよかったよね、だの、お母さんちょっと泣いちゃった、だの、将太と一緒になってはしゃいでいる。

「おとーさんは? 何してたの?」

「うん?」

一息ついて興奮が少し収まったのか、将太が後部座席から身を乗り出してきた。正弘はウインカーを左に入れながら応える。

「お父さんは、一日ぼーっとしてました」

「なんだそれー!」

将太は芸人ばりの大げさなリアクションで後部座席に転がった。朋美はといえば、ほらね、と笑っている。

「ね、言ったでしょ? お父さん、ぜーったい、何にもしてないって。お母さんには分かるのよ」

「えー!? ねえ、おとーさん、ほんとに何もしてないの?」

少し非難が混じった強い口調で将太が問う。幼い顔を不満そうに歪めているのが、振り返らなくとも分かった。

「うーん、そうだね……」

少し考えて、正弘は言った。

「さっき、将太たちを迎えに来るときね、昔のことを思い出してた」

「むかし?」

「そう、お父さんが、もっとずーっと、若かった頃のこと」

柔らかな雨のヴェールが、三人を優しく包み込んでいる。闇は薄れ、景色が徐々に明るさを増していく。

 もう雨は上がる。きっと、もうすぐ、眩しい光が雲間から零れ落ちて世界を真っ白に照らす。

 あの、夏の日のように。

「大学の頃の事だよ、ニキ」

朋美がはっと息を呑む音が聞こえた。それはすぐに快活な、少年のような笑い声に変わった。

「ちょっと、どうしたの急に」

「妻」の声ではない。「母」の声でもない。あの頃の、まだ彼女が「ニキ」だったころの声だった。

「さっきさ、ラジオで、あの曲が流れてたんだよ。ほら、学生の頃よく聴いてた……」

正弘が少し歌うと、ああ、と懐かしそうに呟いて朋美も歌いだす。澄んだ伸びやかな歌声が車内に満ちる。

「ねえ、ニキって、おかーさんのこと?」

「そうよ」

不思議そうな将太に、朋美は笑って応えた。

「でも、おかーさんはトモミだよね?」

「うん。ニキっていうのは、お母さんの若い頃のあだ名」

「えー? 何で?」

まだ漢字をあまり知らない将太が分からないのも無理は無い。

 朋美のトモはふたつの月。につき。そこから転じてニッキになり、さらに縮まってニキ。

 発案者は彼女の高校時代の友人とのことだが、なかなか上手いネーミングだ。

 由来を聞いた将太は感心したようにへえー、と呟いた。

「おとーさんも、おかーさんのことニキって呼んでたの?」

「そうだよ」

「むかし?」

「そう。もう、二十年くらい前」

「将太なんか、ぜーんぜん、影も形もない頃よ」

うひぇー、と素っ頓狂な声をあげて将太は黙り込む。多分、一生懸命想像しているのだろう。自分の両親が若かった頃、というのを。

 道の先、左側に彼らのマンションが見えて来る。出てきた時に比べ辺りが明るくなってきたからだろうか。正弘の眼には、我が家が周囲から浮いてひときわ輝いているように見えた。

「雨、止んだみたいね」

ぽつりと朋美が呟く。窓を開けたのは将太だろうか、正弘の背後から、さっと風が吹き込む。

濡れたアスファルトと街路樹の臭いが、湿った空気の中に漂っている。

「雨上がりのにおい!」

将太が嬉しそうに叫び、大きく息を吸った。肺の空気全てを取り替えようかという勢いで、何度もすー、はーと繰り返している。

「ほんとだ、雨上がりのにおいだね」

晴れやかな朋美の声が続いた。

「いいにおい」

フロントガラスから見る空には、まだ大きな雲の塊がいくつも漂っている。けれど、その間には輝く青が見える。雨で磨かれてつやつやになった空。雨は遠くに去り、今は透明な光が辺りに満ち溢れている。

「ね、正弘」

朋美の柔らかな声が後ろから語りかけてきた。

「あなたが私の事ニキって呼んで、あの歌をうたってくれた時ね。私も急に思い出しちゃった」

「え?」

「一年生の時の夏……あなたと一緒に、ファミレスまで歩いた時の事。日差しが強くて、肌がちりちりして。セミがものすごく鳴いてたね」

思わず振り返りそうになり、その代わりに正弘はルームミラーを見た。朋美の瞳が優しく笑っている。

「風が全然無くって、汗だくだったよね。道の脇のドブからちょっと臭いがしていて」

甦る感覚を確かめるかのように、朋美は少し目を閉じる。

「でもあの時、私、すごく嬉しかった。胸の中で光が弾けてるみたいにどきどきして。その時の気持ちも、感覚も、全部思い出しちゃった。大学の頃なんて大昔なのに。あんな些細な事、すっかり忘れてたのにね」

あなたの声と、あの歌が、鍵だったのね。


 朋美は再び歌いだす。共に歩いた夏の日、彼らの間にあった、あの雨上がりのメロディを。将太は曲を知らないくせに、一緒に歌おうと適当なメロディを元気に口ずさんでいる。

「ちょっと将太、全然違う!」

「だって、オレその歌知らないもん!」

「じゃあ、後で探して聞かせてあげる。いい曲だから」

「ゼッタイね!」

えへへ、と、将太が嬉しそうに笑う。

 また、いつか、この曲を聴くとき。

 正弘は心の中で呟いた。

 きっと今日の事も思い出すだろう。ラジオから不意に流れたこの曲が彼を遥か昔に誘った事、透明な陽の中を親子三人で帰った事、朋美が優しいまなざしで笑い、将太が元気に歌っていた事。ささやかな、取るに足らない小さな出来事。

雨上がりのメロディが、新たな思い出の鍵となった事を。

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