婚約破棄されましたが母の形見のネックレスが私を守ってくれました
「ない……ない!」
お母様の形見のネックレスが、ない!
今日は学園の年に一度の舞踏会。
そこに着けていこうと思っていたのに、いくら探しても見当たらない。
私はエレナ・ロンド。侯爵家の一人娘。
母は王家の血筋で、嫁ぐ際に嫁入り道具として先王から賜ったネックレスだ。大変高価であるし、何より思い出の品。金額以上に価値のある代物。それが、ない。
しかしもう時間がない。今日は絶対にお母様と一緒にと思っていたので残念だけれど、私は仕方なく代わりのネックレスをつけ家を出た。
会場で、婚約者の公爵家令息、エドウィン・バードを待つ。
親同士の間で決まった婚約。貴族としては当たり前の事であったので、私も当然に受け入れていた。
「あ、エドウィン……様……?」
そこに現れたエドウィンは、傍らに他の女性をエスコートしていた。
「あら、エレナ様。本日はおひとりですの?」
その女性が私を見て哀れみを含んだ笑みを浮かべる。
見覚えがある。イザベラ・エルンベルク伯爵令嬢。男癖の悪い令嬢として有名な女。
その首には――見間違えようのない、お母様のネックレスが!
「それは……どうしてあなたが!? 」
「やあ、エレナ。私はこのイザベラと婚約することとした。お前との婚約は破棄させてもらう」
エドウィンは開口一番、私からイザベラへ乗り換えるという宣言をした。
辺りが騒然とし、やがて静まり返る。
私たち三人に注目が集まる。
この男は、家と家の婚約を破棄するという事がどういう意味かわかっているのだろうか。
「どういう意味でしょうか。破棄するに足る理由でもおありなのですか」
大方の想像はつくが、冷静に聞く。
「そういうところだ! いちいち男に意見をする、女としてあるまじき性格。可愛げのカケラもない。美貌も、身体も、性格も、お前ごときがイザベラに敵うところがあるとでも?」
「エドウィン様、私はこのエレナ様にずっとひどい仕打ちをされて来ましたの。私はお二人の婚約の邪魔にならぬ様、ただエドウィン様のことを遠くからお慕い申し上げていただけでしたのに」
やはり、そんなところか。
泥棒猫が私に無実の罪を擦り付けて婚約者を奪った。そういう事だろう。
こんな女に軽くなびく男、惜しいとも思わない。しかし、これほどの衆目のもとで浴びせられる恥辱は耐え難い。
何よりも、母を冒涜することは許せない。怒りに唇が震える。
「私はイザベラ様とお話した事もありませんわ。それに、そのネックレス。それは私の、いえ、私の母のものです! 即刻お返しください!」
いま、何よりも守るべきは母の形見のネックレスだ。
「ふん、口ではなんとでも言える。お前のものだと? 証拠でもあるのか」
「これはエドウィン様に愛の証としていただいたものですわ。人聞きの悪い」
この二人は全てをわかっていてわざわざこのネックレスを付けてきている。
私を侮辱するために。
しかし、それが命取りになるのだ。
その意味も理解できない二人。
逆に哀れになる。
「貴女はそのネックレスを付けたことがこれまでありまして?」
私は扇で口元を隠し、鋭い目線をイザベラへ向ける。
「……何のお話かしら? 貴女には関係ございませんことよ」
やはり。イザベラは理解していない。
「そのネックレスは特別製。外すには少々コツがありまして。あなた方には外すことはできませんわ」
顔を見合わせる二人。
「エドウィン様、貴方は私の婚約者を務めながら、母の出自にも理解がございませんでしたの」
エドウィンであれば、私の家にも何度も来ていた。ネックレスも見せていた。
持ち出す機会があってもおかしくはない。
しかし、王家ゆかりのものを盗み出したとなれば、ただでは済まない。
そこに思い至る事すらできない。それだからこのような浅慮を起こす。救いようがない男。
「ふん、これを外せばよいのだろう!」
エドウィンがガチャガチャとネックレスをいじりはじめる。
「やめて! 壊れてしまう!」
言うが早いか、力ずくで引っ張り、ネックレスがちぎれとんだ。
「ああ!」
「ふ、ふん。取れたぞ」
パァン!
私は、思い切りエドウィンの頬を引っぱたいた。
「恥を知れ、この馬鹿男!」
エドウィンはよろけて倒れこむ。
「私の思い出を、母との思い出を! 壊し、愚弄しましたわね! 王家ゆかりの品を力ずくで壊してただで済むと思わない事ですわ!」
「王家……だと!?」
エドウィンはどれだけの軽い気持ちでこのような愚行に及んだのだろうか。どうせ、私には不釣り合いなものを持っているとか、その程度の考えだったのだろう。
私の話を聞いて言葉を失うイザベラ。
彼女の方へ向き直る。
「貴女も同罪ですわ。女の魅力を使って男に取り入る事を否定ばかりは致しませんが、せめて近づく男を家柄以外も見て選ぶべきでしたわね」
「わ、私はそのような事……!」
「伯爵家の分際で侯爵家を陥れ、王家を貶めた罪は重いですわよ。明日まだエルンベルク家があればよろしいのですけれど。衛兵! 窃盗と器物破損、王家侮辱罪の現行犯です。ひっ捕らえてください!」
私の声に、壁際で様子をうかがっていた衛兵が動き出す。
「ま、待て……待ってくれ!」
「いや、いやあ!」
連れていかれる二人を尻目に、ネックレスを拾うために膝まづく。
目から自然と涙がこぼれる。
私が手を伸ばすと、それを先に拾ってくださった方がいた。
「我が叔母の形見にひどい仕打ちをする者がいたものですね」
「あなたは……」
誰もが知る方であった。
一学年下に在籍されている、第二王子殿下、エリック・ブラッドフォード様。
私の母は先王の三女。現王の異母兄妹である。
「私にお任せください。王宮専属の職人に直させましょう」
そう言って、肩を優しく抱きしめてくださる。
「……ありがとうございます」
涙が止まらなかったが、失礼を承知で胸をお借りした。
*
結局、二人は退学となり、エドウィンは「体調」を理由に表舞台から姿を消した。
イザベラは伯爵家が男爵家に家格を下げられ、原因を作った責を問われ家から勘当されたと聞いた。
しかし、既に興味もない。
今日は、先王より隠居宅にご招待いただいた日。
一家そろって訪問する。
「やあ、いらっしゃい」
そこには、先王陛下と、第二王子、エリック様が待っていらした。
「エリック様!」
エリック様がいるとは思っておらず、思わず声を上げてしまった。
「どうぞ、修復が完了いたしました」
そこには新品と見違えるほどに見事に修復された、母のネックレスがあった。
「ありがとう、ございます」
エリック様が首に着けてくださる。
「こうしてみると、あやつによく似ておる」
先王陛下が、私の祖父として目を細める。
「話はすべて聞いておる。どうじゃ、お前さえよければ、このエリックと新たに婚約を結ばぬか」
予想していなかったお話で、目を丸くしてしまう。
「先日の件、一歩も引かず正しい道を進まれたエレナ様を見て、貴女しか目に入らなくなってしまいました」
エリック様が膝をつき、私に手を差し出す。
「私などで、よろしければ」
私は涙をぬぐい、エリック様の手を取った。
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