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流行遅れの作家


 長すぎた百年戦争も、ようやく終わりを迎えた。これからは第二大陸への進出もますます進み、我々人類はより一層、繁栄していくことであろう。

 と言われていたのは10年前のことだったか。今はもう、戦争の面影は街から完全に消え去った。道を歩く人々も、きっと平和を何の感慨もなく享受しているのだろう。史上最悪の長期戦、史上初の総力戦。兵隊のために物資不足は耐え忍べ。そういう時代は終わったのだ。

 時代は変わった。生産せよ、消費せよ。文化の発展、新天地の開拓を。真新しいものが次々と現れては泡沫の弾けるように消えていく。そういう時代になった。

 別に私は現在を批判して、一致団結していたあの頃に戻ろう、などと戯けたいわけではない。というかこれはこれで、良いことがたくさんあると思っている。平和なのだから当たり前なのかもしれないけれど。戦争中よりもずっと、今の方がずっと良いものであふれている。たとえば、私の愛する文学というものが、検閲なしに世の中に出るようになっていたり。花屋に墓参り用より贈答用の花が多く並ぶようになって、色形がとても華やかになっていたり。良いことなんて、ちょっとした幸せのようなものなんて、探すまでもない。言うまでもない。星の数ほど存在する。なのに私は、この平和を素直に喜べない。なぜか。

 それは、ただ、私がついていけないだけなのだ。この大きな波に。新しくなってしまった世界に。

 私は兵士だった。

 ここツェリアの港から東に数千里。未開の地、とされた第二大陸を、第一大陸内の国家たちが属領としたいがために、第一大陸のほぼ全ての国家が軍事同盟を結び、もともと住んでいた民と苛烈な戦闘を繰り広げた。私もエルギアン皇国の一兵士として、前線で戦っていた。

 結果は、第一大陸側の勝利に終わった。とはいえかかった年数からみてもわかるように、快勝とは口が裂けてもいえないような、泥沼のような戦であった。100年の間に、どれだけの人が死に、または生きながらえたものの傷ついたのか、正確に知る術はどこにもない。

 かくいう私も、戦場で傷ついたうちの1人だ。傷ついて、意識不明になり、5年ほど昏睡状態に陥っていたそうだ。これが、私が世間についていけない主な原因であるのかもしれない。

 その5年の間に、世の中ではいわゆる戦記ブームいうのが起こっていたらしい。当時であれば、百年戦争について書いた小説は何でも、まさに飛ぶように売れたという。多くの作家がその流行に乗り遅れまいとして、実際に戦地に赴いたことのある者もそうでない者も、戦争体験のような話をあることないこと面白おかしく書き連ねていたらしい。

 しかしそれももう5年以上前のこと。戦勝後10年のこの年に戦記小説を書こうとするような酔狂な輩なんて、きっといないのだろう。

 それでも、私はこれから戦記小説を書く。百年戦争の全ての時期を描く。自分が知らないところは100年前の資料からだって探して、あとは実体験と作家の最大の強みである想像力を生かしてハッタリでも何でも使って書き切ってやる。こちらには、書かなければいけない、そうたとえ自分の命を差し出してでも書かなければならない理由があるのだ。

 あなたたちは、千年の魔女を知っているか。おそらく大抵の人間はその呼び名を目に、耳にしたことがあるだろう。なぜなら彼女は多くの作品で、あらゆる兵士を誘惑し、薄気味の悪い魔術という超自然的な技を行使する、悪逆非道な敵として描かれているからだ。彼女は、百年戦争のずっと前から生きており、そして百年戦争の終わりと同時に息絶えた人である。というか、彼女が死んだから百年戦争も終結できたのだが。まあとにかく、その非現実的な寿命の長さが、彼女が千年の魔女と呼ばれ、恐れられるるゆえんでもある。

 しかし、彼女は噂に聞くような、残虐な人物では決してない。もちろん、彼女が人を殺したことなどない、などとは言えない。彼女は第二大陸にもともと住んでいた民をまとめる、いわば頭領のような人物であったし、かつ彼らをひどく愛していたから、第二大陸のために、悪辣な手段も時には使っていた。でも、本当は、性根が泣きそうなくらい優しくて、触れれば壊れてしまいそうなくらい繊細な、1人の人間であったのだ。私はそんな彼女と、敵同士でありながら友情を育んだ。私たちは、2人きりで密かに会っては様々なことを語り合った。戦争について。平和について。私たち自身について。そして、その果てに、戦争が始まってからちょうど100年目の夜に、私が彼女を殺した。

 私は、人々の感情に歪められていない、本物に限りなく近い千年の魔女の物語を書きたいのだ。たとえ戦争関連の書物の流行が、とうに過ぎていたとしても。どんなに他人が、彼女に悪感情を抱いていたとしても。

 とどのつまり、この物語は、流行遅れの作家が、自分がどうしようもなく好きになってしまった女性の話を、自分が関わってしまった戦争の話を、書いて書いて書き散らして吐き出して残していくだけの、文学性の欠片もない、いわば記録のようなものである。

 だから、きっと面白みも何もないだろう。それでも、私はあなたにこの物語を読んでほしい。あなたに千年の魔女を知ってほしくて、私は今日も筆を執るのだ。


お読みいただきありがとうございました!


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