表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒石心臓の簒奪者  作者: 月読二兎
第一章 復讐の狼煙
8/90

第8話 街の変革と、新たな旅立ち


 夜が明け、朝の光が街を照らし始める頃。

 俺が砦を後にしてから、数時間が経過していた。

 アパートの自室で、俺は静かにその時を待っていた。

 窓から見える街は、まだ昨夜の惨劇を知らない。いつものように、人々が市場へと行き交い、一日が始まろうとしていた。


 やがて、その均衡は破られた。

 街の中心にある広場が、にわかに騒がしくなる。

 窓から身を乗り出して様子を窺うと、衛兵たちが民衆をかき分けるようにして、領主の館へと駆け込んでいくのが見えた。

 バルトーク辺境伯が、約束通り出頭したのだろう。


 それからの街の動きは、早かった。

 領主である辺境伯が、長年に渡り私腹を肥やし、邪教団と結託して民を攫っていたという事実は、瞬く間に街中に知れ渡った。

 最初は誰もが半信半疑だったが、不正の証拠が次々と明るみに出るにつれ、それは怒りへと変わっていった。

 人々は領主の館を取り囲み、罵声を浴びせた。

 街は、一種の革命前夜のような熱気に包まれていた。


 俺は、その騒ぎをただ静かに見つめていた。

 俺がやったことは、きっかけを与えたに過ぎない。

 街を変えるのは、そこに住む人々自身の力だ。


 数日後、辺境伯の処遇が決定した。

 全ての爵位と財産を剥奪され、王都へと護送されることになった。そこで正式な裁判にかけられ、おそらくは終身刑か、それ以上の罰が下されるだろう。

 彼が不正に蓄えた財産は没収され、街の復興と民への還元に使われることになった。

 長年、重税に苦しんできた人々は、歓喜の声を上げた。


 街には、新しい領主代理として、王都から実直な文官が派遣されてきた。

 街は少しずつ、だが確実に、良い方向へと変わり始めている。

 両親が見たら、きっと喜んだだろうな。

 そんなことを思い、少しだけ胸が温かくなった。


 復讐の一つは、終わった。

 だが、俺の戦いは、まだ始まったばかりだ。

 俺は、この街を離れる準備を始めていた。

 目的地は、王都。


 魔女リリアーナ。

 古の霊廟。

 始祖の心臓を巡る、全ての元凶がそこにいる。

 向こうから来るのを待つのではなく、こちらから乗り込んでいく。

 俺が生き延び、平穏を取り戻すためには、それしか道はない。


 旅の支度を整え、俺はギルドへと向かった。

 街を離れる前に、最後に一つ、顔を出しておきたい場所があったからだ。

 ギルドに入ると、受付嬢が俺の姿に気づき、少し驚いた顔をした。

「あら……。しばらく見ないと思ったら、随分と良い装備になりましたね」

 確かに、今の俺は以前の薄汚れた冒険者とは違う。辺境伯の砦から手に入れた資金で、上質な革鎧と、手入れの行き届いた長剣を新調していた。


「しばらく、この街を離れる。世話になったな」

「……そうですか。寂しくなりますね」

 彼女は、心からそう言ってくれているようだった。

 短い間だったが、ギルドの依頼にはずいぶんと助けられた。


「あ、そうだ。あなたに、手紙が届いていましたよ」

 そう言って彼女が差し出したのは、一通の封蝋された手紙だった。

 差出人の名前はない。

 訝しみながら封を切ると、中には一枚の羊皮紙が入っていた。

 そこに書かれていたのは、短い文章だった。


『君の活躍は聞いている。腐敗した領主を排除し、街を解放した仮面の英雄。大した手腕だ。だが、君が対峙すべき本当の敵は、そんな小物ではない。王都で待つ。我らは、君の味方だ』


 文末には、梟の紋章が刻印されていた。

 「梟の止まり木」。あの酒場のバーテンダーか。

 彼らは、一体何者なんだ。単なる情報屋ではない、何か大きな組織に属しているのか。

 そして、「味方だ」という言葉。

 にわかには信じがたいが、少なくとも、今のところ敵意は感じられない。


 俺は手紙を懐にしまう。

 王都に行けば、分かることだ。

 敵も、そして味方も、全てがそこに集まっている。


 ギルドを後にし、俺は街の門へと向かった。

 活気を取り戻した街並み。人々の顔には、以前のような暗い影はない。

 この光景を守れただけでも、俺が戦った意味はあったのかもしれない。


 門をくぐり、王都へと続く街道に出る。

 振り返ると、住み慣れた街が小さく見えた。

 ここで得たものも、失ったものも、たくさんあった。

 だが、感傷に浸っている時間はない。


 俺は、前を向く。

 果てしなく続く街道の先には、どんな運命が待っているのか。

 魔女リリアーナとの対決。

 始祖の心臓の謎。

 そして、俺自身の存在理由。


 全ての答えを見つけるために、俺は歩き出す。

 胸に宿る黒い石の心臓が、新たな戦いの予感に、静かに、だが力強く脈打っていた。

 一人の男の、長くて険しい旅が、今、ここから始まる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ