表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒石心臓の簒奪者  作者: 月読二兎
第六章 アストリアの掌握
51/90

第51話 新たなる契約


「――俺が、アストリアを簒奪する」


 俺の言葉は、ボルガンの執務室に重く静かに響き渡った。

 その言葉の意味を咀嚼するように、ボルガンはしばらくの間黙り込んでいた。

 やがて彼は、その顔に深い覚悟の色を滲ませ、ゆっくりと口を開いた。


「……本気か、レオン」

「ああ。本気だ」

「それは、アストリア王国に宣戦布告するということだぞ。アリアンナ王女は、お前にとって恩人でもあるはずだ。その彼女と、剣を交えることになるかもしれん」


 ボルガンの指摘は、的を射ていた。

 アリアンナ。

 彼女の真っ直ぐな瞳が、脳裏をよぎる。

 彼女は俺を信じ、力を貸してくれた。腐敗した貴族たちと戦う、気高い同志だった。

 その彼女と敵対することは、俺の本意ではない。


 だが。


「……アリアンナは、王族だ」

 俺は、静かに答えた。

「彼女は既存の秩序の中で、国を正そうとしている。だが、そのやり方には限界がある。腐った根は、枝葉をいくら刈り込んでも、いずれまた新しい芽を出す。本当に国を守るためには、根こそぎ、全てを一度更地に戻すしかない」


 俺がやろうとしていることは、反逆だ。

 だがそれは、破壊のための破壊ではない。

 守りたいものを、永遠に守り続けるための土台作りだ。

 そのためには、既存の権力構造そのものを、俺自身が乗っ取るしかない。


「……そうか」

 俺の覚悟を感じ取ったのか、ボルガンはそれ以上何も言わなかった。

 彼は静かに立ち上がると、俺の前に進み出て片膝をついた。

 それは、騎士が主君に忠誠を誓う時の、最上級の礼だった。


「……何をする、ボルガン」

「レオン。あんたがもし、本気でそれを成し遂げるつもりなら。俺たち『黒き翼』も、あんたの剣となろう」

「……!」

「俺たちは、あんたに救われた。この国は、あんたのおかげで新しい夜明けを迎えようとしている。その恩を、返させてもらいたい」


 ボルガンだけではない。

 いつの間にか執務室の入り口に集まっていた、ギルドマスターのサラシャや革命軍の幹部たちも、次々と俺の前に膝をついていく。

 彼らは俺をただの英雄としてではなく、新たな時代の指導者として見ているのだ。


「……あんたたちには、この国を復興させるという大事な役目があるだろう」

「もちろん、それも果たす。だが真の同盟とは、互いの戦いを支え合うものではないのか?」

 ボルガンは、力強い目で俺を見上げた。

「俺たちの新政府が安定すれば、俺たちはいつでもあんたの元へ駆けつけよう。フェルゼン王国は、レオン。あんたの最初の、そして最強の同盟国となる」


 予期せぬ申し出だった。

 だが、これほど心強いものはない。

 俺の孤独な戦いに、頼もしい仲間たちが国ごと加わろうとしてくれている。


「……分かった」

 俺は、彼らの覚悟を受け止めた。

「その時は、頼らせてもらう。だが、まずは俺一人で始めなければならない」

 これは、俺自身の戦いだ。

 俺が、俺の力で最初の礎を築かなければ、意味がない。


「……一つ、頼みがある」

 俺は、ボルガンに言った。

「俺を、アストリアへ送り返してほしい。できるだけ早く」

「承知した。すぐに、最速の飛空艇を手配しよう。だが、その前に……」

 ボルガンは、意味ありげに言葉を区切った。


「あんたのそのボロボロの装備を、新調する必要があるな。一国の王に挑む者が、そんな格好では様にならん」

 彼は、悪戯っぽく笑った。


 ◇


 数日後。

 俺は、フェルゼン王国の技術の粋を集めて作られた、新たな装備に身を包んでいた。

 それは黒を基調とした、軽量かつ強靭な特殊合金の鎧。

 俺の始祖の心臓の力――黒と金のオーラ――に耐えうるよう、特別な魔術的処理が施されている。

 背中には黒いマントがたなびき、その姿はかつての『仮面の英雄』とは全く違う、威厳と風格を漂わせていた。

 まるで闇の覇王。

 あるいは、夜明け前の簒奪者。


 アリアンナから貰った魔法の剣は、今も俺の腰にある。

 この剣だけは、手放すつもりはなかった。


 出発の日。

 飛空艇の船着き場には、ボルガン、サラシャ、そしてリゼット女王が見送りに来ていた。

 リゼットは、瞳に涙を浮かべていた。


「レオン様……行ってしまうのですね」

「ああ。だが、また会える」

 俺は彼女の前に膝をつき、その視線を合わせた。

「リゼット。あんたは立派な女王になれ。民の笑顔を守れる、強い女王に」

「……はい!」

 彼女は涙を拭い、力強く頷いた。


「レオン。これを、持っていけ」

 ボルガンが、一つの紋章を俺に手渡した。

 それはフェルゼン王家の紋章が刻まれた、特別な通信魔道具だった。

「何かあれば、いつでもこれを。俺たちは空を越えて、あんたの元へ駆けつける」

「……ああ。ありがとう」


 俺は仲間たちに背を向け、飛空艇のタラップを上がった。

 リリアーナは、来ていない。

 彼女は俺に別れの言葉も告げずに、どこかへ姿を消してしまった。

 ルナを止めるため、彼女自身の戦いへと向かったのだろう。

 俺もまた、俺の戦場へと向かう。


 ゴウン、と音を立てて飛空艇が浮上する。

 眼下に、小さくなっていく仲間たちの姿。

 そして俺が救い、そして救われたこの国の姿。


 さらばだ、フェルゼン。

 俺は必ず、戻ってくる。

 俺自身の国を、その手に携えて。


 俺は故郷アストリアへと舵を切った。

 始まりの地へ。

 そして俺が、全てを終わらせる場所へ。

 簒奪者としての最初の戦いが、今、幕を開ける。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ