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黒石心臓の簒奪者  作者: 月読二兎
第一章 復讐の狼煙
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第5話 決意の先に


 遺跡での一件から、俺の日常は再びその様相を変えた。

 これまでは、ただひたすらに自分の正体を隠し、人目を避けて生きてきた。

 だが、もうそんな悠長なことは言っていられない。


 奴らは俺の胸にあるものが「始祖の心臓」であることを知った。

 そして、それを魔神復活の贄として狙っている。

 こちらが何もしなくても、いずれ奴らは再び俺の前に現れるだろう。次は、二人組の刺客どころではない、もっと大規模な戦力で来るかもしれない。


 待っているだけでは、いずれ押し潰される。

 ならば、攻めに転じるしかない。


 俺はまず、情報収集の方法を根本から見直すことにした。

 ギルドの掲示板を眺めているだけでは、得られる情報は限られている。もっと深く、裏社会に流れる情報を手に入れる必要があった。

 幸い、今の俺には金がある。ワイバーンや強力な魔物を狩って得た資金は、まだ潤沢に残っていた。金は、情報を買うための最も有効な武器だ。


 俺が向かったのは、街の歓楽街の奥、衛兵たちも見て見ぬふりをするような、無法地帯の一角だった。

 そこには、表の世界では扱えないような品物や情報を取引する、闇市のような場所が存在する。

 その中でも、最も多くの情報が集まると言われているのが、「梟の止まり木」と名付けられた酒場だ。


 薄暗い店内は、紫煙と安酒の匂いが立ち込めている。

 客層は、お世辞にも良いとは言えない。腕に刺青を入れた傭兵崩れ、顔に傷のある盗賊、フードを目深に被った胡散臭い魔術師。誰もが、一癖も二癖もありそうな連中ばかりだ。


 俺はそんな視線を意にも介さず、カウンター席に座る。

 バーテンダーは、片眼鏡をかけた初老の男だった。この店の主だろう。彼は客たちの素性など一切気にしないという風に、黙々とグラスを磨いている。


「情報を買いたい」

 俺がそう切り出すと、男はグラスを磨く手を止め、片眼鏡の奥から鋭い視線を向けてきた。

「……何の情報を?」

「最近この辺りで活動している、魔神を崇拝する連中のことだ。黒い外套が特徴で、魔術を使う」

 俺の言葉に、店内の空気が一瞬だけ緊張した。

 何人かの客が、こちらに興味深そうな視線を向けている。


 バーテンダーは、ふう、と一つ息を吐くと、低い声で言った。

「厄介な連中に関わろうとしなさる。命が惜しければ、首を突っ込まないのが賢明ですよ」

「忠告はありがたいが、こっちにも引けない事情があるんでな」

「……そうですか」


 男は少し考えるそぶりを見せた後、カウンターの下から一枚の羊皮紙を取り出した。

「奴らは、自らを『黒き祭壇』と名乗っている、古くから存在する邪教団です。その目的は、古の魔神『ヴァルガモス』の復活。そのために、長年、特殊な力を持つ人間を攫っては、生贄の儀式を行っている、と」

「アジトはどこだ?」

「さあ……。彼らは非常に用心深く、頻繁に拠点を変える。我々も、正確な場所までは掴めていません。ただ……」


 男はそこで言葉を区切り、人差し指を立てた。

「最近、この街の領主である、バルトーク辺境伯の動きが妙だという噂があります」

「領主?」

「ええ。辺境伯は最近、領地内の古い砦を改修し、大量の物資を運び込んでいる。それも、衛兵ではなく、素性の知れない傭兵たちを使って、だ。何やら、そこで秘密裏に何かを企んでいる、と」


 黒き祭壇と、領主。

 一見、無関係に思える二つの情報。だが、俺の直感が、その二つが水面下で繋がっていると告げていた。

 腐敗した貴族が、己の欲望のために邪教団と手を組む。ありえない話ではない。


「いい情報を聞いた。礼だ」

 俺は金貨を数枚カウンターに置くと、席を立った。


「お待ちください、お客さん」

 バーテンダーが俺を呼び止める。

「一つ、忠告を。バルトーク辺境伯は、この街の支配者。もし本気で彼に手を出そうというのなら、街の衛兵全てを敵に回す覚悟が必要になります。……それでも、行かれるのですか?」

「言ったはずだ。こっちにも引けない事情があると」


 俺はそう言い残し、酒場を後にした。

 外の空気が、やけに新鮮に感じられる。


 領主、バルトーク辺境伯。

 俺の記憶が正しければ、その男は、俺の両親を陥れた張本人だった。


 真面目で、誰からも好かれていた俺の両親。

 彼らは小さな商店を営んでいたが、その商才を妬んだ同業者と、私腹を肥やすことしか頭にない領主の策略によって、無実の罪を着せられた。

 多額の追徴課税を命じられ、店も家も取り上げられ、絶望のうちに病で死んだ。


「真面目に生きている者が馬鹿をみるのは許せない」


 両親の死に際に、俺が呟いた言葉。

 その時は、あまりにも無力で、何もできなかった。

 だが、今は違う。

 俺には、力がある。


 黒き祭壇と、魔女への復讐。

 そして、両親の仇である、腐敗した領主。

 俺がやるべきことは、どうやら一つに繋がっていたらしい。


 これも、何かの運命というやつだろうか。

 もしそうなら、上等だ。

 そのクソったれな運命ごと、ひっくり返してやる。


 俺はまず、例の古い砦の場所を特定し、偵察に向かった。

 夜の闇に紛れて砦に近づくと、確かに、厳重な警備が敷かれていた。見張りに立っているのは、衛兵ではなく、屈強な傭兵たちだ。

 その中に、俺が見知った顔が混じっていることに気づいた。

 「梟の止まり木」にいた、傭兵崩れの男だ。


 やはり、黒か。

 俺は物音一つ立てずに砦の壁を登り、内部の様子を窺う。

 中庭では、黒い外套を纏った者たちが、何か巨大な魔法陣のようなものを描いていた。

 そして、その中心には、檻に入れられた数人の人々。おそらく、生贄にされるために攫われてきたのだろう。


 その光景を見た瞬間、俺の中で何かが、ぷつりと切れた。

 両親の無念。俺自身の理不尽な死。そして、今まさに奪われようとしている、名も知らぬ人々の命。

 この世の不条理が、全てこの場所に凝縮されているように思えた。


 静かに暮らす?

 穏やかな生活?

 そんなものは、この腐った世界では幻想に過ぎない。

 ならば、俺がこの手で作り変えるしかない。


 俺は腰に下げていた悪魔のお面を、静かに顔に着けた。

 ひんやりとした感触が、頬に伝わる。

 悲しげな悪魔の表情が、俺の決意を映しているかのようだった。


 もう、迷いはない。

 今夜、この場所で、俺はただの人であることをやめる。

 俺の平穏を脅かす全てのものを、この手で排除する。


 俺は壁の上から音もなく中庭に飛び降り、魔法陣を描く邪教徒たちと、それを見守る傭兵たちの前に、ゆっくりと姿を現した。


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