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黒石心臓の簒奪者  作者: 月読二兎
序章 理不尽な死と不条理な生
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第4話 始祖の心臓


 祭りの夜が明けてから数日、街はすっかり日常の顔を取り戻していた。

 だが、俺の日常は、もう元には戻らない。


 あの日以来、俺は常に何者かの視線を感じるようになっていた。

 街を歩いていても、アパートの自室にいても、背中に突き刺さるような、粘つく気配。

 姿は見えない。だが、確実に奴らは俺を監視している。

 次にいつ、どんな形で接触してくるか分からない。その緊張感が、じりじりと俺の神経を削っていた。


 静かに暮らしたい。

 その願いは、風の前の塵のように、あまりにも脆く、儚いものだったらしい。

 こうなった以上、ただ待つのは得策ではない。

 俺はギルドへ足繁く通い、情報収集に努めた。最近、街の周辺で不審な人物の目撃情報はないか。黒い外套の集団、奇妙な魔術を使う連中。どんな些細な情報でもいい。


 だが、有力な手がかりは一向に得られなかった。

 奴らは、よほど巧妙に動いているらしい。


 そんなある日、ギルドの依頼掲示板の前で、俺は一枚の依頼書に目を留めた。

 『緊急討伐依頼:古代遺跡に出現したゴーレム群の破壊』

 場所は街から半日ほど離れた森の奥。

 報酬額が、破格だった。ゴーレム討伐にしては、明らかに高すぎる。

 まるで、腕利きの冒険者を誘い込むための餌のようだ。


(罠、か……)


 十中八九、そうだろう。

 俺がこの依頼を受ければ、奴らは人目につかない森の奥で、確実に俺を仕留めようと待ち構えているはずだ。


 面倒だ。関わりたくない。

 だが、このまま監視され続けるのも精神衛生上よろしくない。

 それに、いつまでも逃げていては、いずれじり貧になるだけだ。

 向こうにその気があるのなら、いっそ、この挑発に乗ってやるのも一つの手かもしれない。


 俺は依頼書を剥がし、受付カウンターへと向かった。

「これを、単独で」

 俺の言葉に、受付嬢は一瞬目を見開いたが、すぐにいつもの事務的な表情に戻った。

「承知しました。……お気をつけて」

 最後の言葉に、わずかに案じる響きが混じっていた気がした。



 指定された古代遺跡は、苔むした石造りの建造物が、森の木々に飲み込まれるようにして佇んでいた。

 依頼書にあったゴーレムの姿はどこにもない。

 代わりに、遺跡の入り口で俺を待っていたのは、二人の人影だった。


 一人は、先日俺が叩きのめした男と同じ、黒い外套を纏った魔術師風の男。

 もう一人は、外套は羽織らず、筋骨隆々とした肉体を晒した大男だ。その手には、巨大な戦斧が握られている。


「お待ちしておりました。我らが誘いに乗っていただき、感謝します」

 魔術師風の男が、芝居がかった口調で言った。

「単独で来るとは、愚かなのか、あるいはよほどの自信家か」

 戦斧の大男が、地響きのような声で嘲笑う。


「用件は何だ。また勧誘の続きか?」

 俺は腰の剣の柄に手をかけながら、冷たく問い返した。

「いえいえ。前回の者の報告によれば、貴公は我らと相容れる気はないとのこと。ならば、話は早い」


 魔術師の男が、くい、と顎をしゃくった。

 それが、戦いの合図だった。


「オオオォォッ!」

 大男が雄叫びを上げ、大地を蹴って突進してくる。

 その速度は、見た目の巨体からは想像もつかないほど速い。

 振り下ろされる戦斧は、風を切り裂き、轟音を立てて俺に迫る。


 俺は冷静に半身を引いてそれをかわす。

 戦斧が叩きつけられた地面が、轟音と共に砕け散った。

 間髪入れず、後方から魔術師の詠唱が聞こえてきた。


「《ダークランス》!」


 数本の黒い魔力の槍が生成され、俺の背後から襲いかかる。

 前には戦斧、後ろには魔力槍。見事な連携攻撃だ。

 だが。


「遅い」


 俺は呟くと、回避も防御もせず、ただ胸を張った。

 黒い槍は、俺の体に吸い込まれるようにして、そのことごとくが霧散した。

 胸の黒い石が、ずくん、と心地よさそうに脈動する。


「なっ!? 魔術を喰っただと!?」

 魔術師が驚愕の声を上げる。

 その隙を見逃すほど、俺はお人好しではない。

 大男の次の攻撃をいなし、その懐に潜り込むと、渾身の蹴りを腹部に叩き込んだ。


 ぐしゃ、と熟れた果実が潰れるような嫌な音が響く。

 大男の巨体が宙に舞い、遺跡の壁に激突して動かなくなった。


「馬鹿な……ボルグが一撃で……!」

 魔術師は、信じられないものを見る目で俺を見つめ、後ずさる。

「貴様、一体何者だ……。その力、ただの人間のそれでは……」


「それはこっちの台詞だ」

 俺はゆっくりと魔術師に歩み寄る。

「あんたたちは何者だ。俺に何の用がある」

「……我らは、偉大なる魔神様の復活を望む者。そして、その贄として、最高の心臓を捧げんとする(しもべ)


 魔神の復活。贄。

 俺を殺したあの魔女の目的と、繋がった。


「貴様のその胸に宿る石……。あれは、ただの魔石ではない。まさかと思っていたが、文献にあった通りの輝き……。あれは、魔力の根源そのもの……『始祖の心臓』だ!」


 魔術師は、恐怖と恍惚が入り混じったような表情で叫んだ。

 始祖の心臓?

 初めて聞く言葉だった。


「あの方……我が主である魔女様は、血の繋がりを持つ者の心臓でなければ、魔神様を蘇生させることはできないと仰っていた。だが、貴様が『始祖の心臓』の持ち主であるならば話は別だ! それを捧げれば、我らの悲願は……!」


 魔術師の言葉は、そこで途切れた。

 俺の剣が、その喉を正確に貫いていたからだ。

 これ以上、べらべらと喋らせておく必要はない。必要な情報は得た。


 ごぼり、と血を吐きながら、魔術師はその場に崩れ落ちる。

 静寂が戻った遺跡に、俺は一人立ち尽くしていた。


 胸に手を当てる。

 服の下で、黒い石が静かに鎮座している。


 魔石ではなかった。

 始祖の心臓。

 魔神の復活。

 血の繋がり。


 頭が痛くなるような単語ばかりだ。

 どうやら俺は、自分が思っていた以上に、とんでもないものを抱え込んでしまったらしい。

 そして、それを狙う連中がいる。


 静かな生活は、もう望めない。

 ならば、どうする。

 逃げ続けるか?

 いや、もう逃げるのは終わりだ。


 俺を殺し、こんな体にした魔女。

 そして、その背後にいるであろう「魔神」とやら。

 こちらから、見つけ出してやる。

 そして、俺の平穏を奪った落とし前を、きっちりとつけてもらわなければならない。


 俺の心に、冷たく、昏い決意の炎が灯った。

 それは、復讐とも、あるいは単なる生存本能ともつかない、歪な炎だった。


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