王都からの招待状
「これが……王都か」
タクヤたちは、緩やかな坂を上った先に広がる巨大な都市を見下ろしていた。塔のように聳える宮殿、石造りの広場、そして目がくらむほどの装飾を施された門――それらすべてが、ある種の「見せつけ」のように、堂々と存在している。
「目が痛い……見栄っ張りが建てた街って感じね」
フェリスが眉をしかめる。
「空気まで高貴な匂いがするような気がするな……香料か?」
バルドが鼻をひくつかせる。
リアナは黙っていた。ずっと。この王都には、彼女の過去がある。
だがその重苦しい空気を吹き飛ばしたのは、ギルドから届いた依頼書だった。
『貴族・サーリャ家より緊急依頼。家内で使用中の靴下一足が忽然と消えました。本件は体面に関わる問題につき、極秘に解決されたし』
「……は?」
三人が口を揃えた。
「いや、うん、わかってたよ。軽めの依頼も来るって」
タクヤが書状を読み返す。
「けどこれはさすがに軽すぎるだろ」
「緊急って書いてあるわ。つまり深刻な靴下よ」
フェリスが真顔で言う。
「何その靴下!? 伝説級!?」
しかし、断るわけにはいかない。王都での信用獲得には、まずこのどうでもよさそうな依頼を、こなすのが最初の一歩だった。
サーリャ家の屋敷は、まるで美術館だった。床は磨かれ、壁には絵画、棚には意味のない黄金の壺がずらりと並んでいる。
依頼主のサーリャ嬢は、金髪巻き髪の上にティアラを乗せた十代後半の少女だった。
「……我が家の誇る絹と虹糸の靴下が消えましたの!」
「素材、豪華すぎません!?」
リアナが思わずツッコむ。
「ちなみに、私のドレスに合わせて特注したもので、お披露目会の前に紛失しましたの。これ以上の屈辱はございませんわ」
タクヤたちは話を整理する。靴下は、洗濯後に専用の乾燥室に干された。その後、部屋に戻そうとしたところ、忽然と消えたという。
「防犯魔法は?」
「万全ですわ。犯人などいるはずがございませんの」
「じゃあ、靴下が自力で逃げたとでも?」
その冗談にすら、サーリャ嬢は顔を真っ赤にした。
「そんな不敬な靴下があってたまりますか!」
タクヤたちは現場――乾燥室へ向かった。
乾燥室の中には、淡く温かい魔力の流れがあり、繊維の保護と殺菌を同時に行っているらしい。タクヤは壁に触れてスキルを展開する。
《補助:残留魔力追跡》《補助:空間ゆがみ分析》
すると、一瞬、空間にかすかな裂け目が映った。
「これ……靴下、どこかに吸い込まれてる?」
「ポケット次元……あるいは、古い魔道具の不調で作られた空間のひずみ」フェリスが言う。
「つまり、靴下が異次元に落ちたってことか」
バルドが呆れる。
「落ちた靴下って、そんな物理的な概念だったのね……」
そして、魔力のひずみは――屋敷の地下へと続いていた。
「なんでこうなるの……ただの靴下じゃなかったの?」
リアナがため息をつく。
タクヤは笑って言った。
「依頼が軽くても、原因が軽いとは限らないさ」
階段の先で、何かが動いた音がした。タクヤたちは思わず足を止めた。
……ぺたり。ぺたり。
まるで――靴下が、自力で歩いているような音だった。
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タクヤたちはサーリャ家の地下にある古い倉庫へと足を踏み入れていた。壁には苔が生え、灯りもほとんど届かない。ただ一つ、微かな魔力の残滓が靴下の行方を示していた。
「おい、ほんとに靴下を探してるんだよな?」
バルドがぼそっと言う。
「うん、間違いなく靴下だよ。だけど、たぶん普通じゃないやつ」
タクヤは手を伸ばし、魔力の揺らぎをなぞるように進んでいく。
突然、カツン、と床が鳴った。
「っ!」
その音に全員が構えた。
だが現れたのは、――靴下だった。
真っ白で、ふちに虹色の刺繍がある。それが、ふわりと浮き、ふよふよと空中を舞っていた。まるで幽霊か、あるいは意志を持つ布のように。
「……やっぱり歩いてるわよ、これ」
フェリスが目を細める。
「こっちに気づいたみたいだ」
リアナが短剣に手をかけるが、タクヤが制止する。
「待って、敵意は感じない。むしろ――怯えてる?」
スキルを再起動する。
《補助:魔力共振》《補助:記憶断片投影》
次の瞬間、タクヤの目の前に靴下が見た過去が再現された。
――誰かが乾燥室に入ってくる。顔は見えないが、サーリャ家の使用人ではない。
――そっと靴下に魔力をかけ、空間を歪め、持ち去ろうとする。
――しかしその魔力が不安定だったため、靴下はひずみの中に落ち込んだ。
「盗もうとした奴がいた。でも空間魔法の制御に失敗して、靴下だけが逃げ込んだってわけか」
「じゃあ犯人は別にいるのね?」
リアナが言う。
「そう。靴下は被害者だ……というか、無理やり動かされて疲れてるみたい」
タクヤはそっと手を差し伸べた。靴下は一瞬、ためらったように揺れたが、すぐに彼の手のひらに落ちてきた。
「やっぱり、布の気持ちがわかるスキルって便利だな……」
「それ便利なの!?」と全員がツッコんだ。
無事に靴下を回収し、依頼主のサーリャ嬢へ返却した。
「まあ! 本当に……帰ってきたんですのね!」
サーリャ嬢は両手で靴下を抱きしめるようにし、泣き出しそうになった。
「……正直、他人には理解されなくて当然のお気に入りでしたの。ですが……あなたたちは、真面目に探してくださった」
「依頼は依頼ですから」タクヤはそう言って笑う。
「……ところで、その空間魔法を使った犯人については、屋敷の監視を再確認した方がいいと思います」
リアナが冷静に言い添えると、サーリャ嬢も頷いた。
「はい。その点は、父にも報告いたしますわ」
その日の帰り道。
「まさか靴下一つで、異空間突入までさせられるとはな……」
バルドが肩を回す。
「でも、王都での初仕事としては上々だったわ。依頼主の心も掴んだし」
フェリスが満足げに言った。
タクヤは黙って、空を見上げる。王都の空は高く澄んでいた。
――王家とギルドから、タクヤの存在が注視されはじめたのは、ちょうどこの頃からだった。
――そして、それがさらなる招待と試練のきっかけになるとも、彼はまだ知らない。