猫と盗賊と観測者
「依頼内容、もう一度確認していいかな……?」
タクヤはギルドの受付で、眉をひそめながら紙を読み上げた。
「『最近、盗賊団がやたら規律正しくなった。その首領が白猫様と呼ばれている』……って、どういう状況?」
「つまり……猫が盗賊団を支配してるってこと?」
フェリスが面白がるように言う。リアナとバルドも顔を見合わせているが、全員半信半疑だ。
受付嬢は苦笑いで説明した。
「目撃証言が一致してるんです。全員、宝石の首輪をつけた白猫が団員を睨んでいると。で、その場にいた盗賊たちは皆、静かに言うことを聞いていると」
「えーと、それ……洗脳魔法とか、あるいは……」
「動物操作系スキルでしょ。いや、逆かな。もしかして、猫が本当に知性あるタイプかも」
タクヤはため息をつきながら、報告地である廃村への地図を折りたたんだ。
「とにかく行ってみよう。猫だろうが盗賊だろうが、依頼は依頼だ」
その廃村は、静かな谷間にあった。
元は交易の中継地だったらしく、古びた倉庫や屋根の落ちた宿が並んでいる。だが、どこも人の手が入った形跡があった。
「……綺麗に整備されてるな」
「盗賊がこんなに規律正しいなんて聞いたことないぞ」
そして、広場の中心に――いた。
白く美しい毛並み、金の宝石首輪をつけた猫。確かに、風格があった。
その猫は、タクヤたちにゆっくりと視線を向けた。
「……見てる?」
「いや、睨んでる」
フェリスがぽつりと呟いた瞬間――
「その方々には手を出すな。白猫様が警戒しておられる」
背後から声がした。数人の盗賊が現れたが、全員の視線は猫に向いていた。
まるで、命令を仰ぐように。
タクヤが口を開く。
「……この猫に従ってるのか?」
「白猫様のお導きにより、我らは過去を悔い、より高潔な盗みを目指しております」
「より高潔な盗みってなんだよ!」
リアナがツッコむと、白猫が「ニャッ」と一声鳴いた。
その瞬間、タクヤのポーチがぷるっと震える。――通知魔石だ。
「ん……? 盗賊団の情報……どこから? まさか、リアルタイムで観察されてる?」
タクヤはそっとあたりを見渡す。丘の上に、妙に空気の読めていない黒い影がいた。
白い仮面をつけた人物――こちらを、観察していた。
タクヤとその視線が交錯する。
観られている。
初めて感じたその気配に、タクヤは背筋をぞくりとさせた。
「君、誰だ?」
丘の上の観察者に向けて、タクヤは声を張った。が、返答はなかった。
仮面の人物は数秒間こちらを見つめたのち、音もなく姿を消す。
「消えた……?」
「転移か、隠蔽系の魔法。どっちにしても、高位の技術だな」
バルドが唸る。フェリスは白猫を見下ろしながら、小さく頷いた。
「この猫……ただの動物じゃないね。魔力が脈打ってる。人工の魔力源が埋め込まれてる感じ」
「使い魔か、自律型の魔導生物か……」
タクヤはしゃがみこみ、猫の目線まで降りた。
「君、もしかして、観察者とつながってる?」
白猫はしばしタクヤを見つめ――小さく「ニャア」と鳴いた。
すると盗賊団の一人がそっと近づいてきた。
「白猫様の導きで、我らは目を覚ましました。盗賊という形をとりながらも、破壊ではなく収集と保護に方針を変えています」
「保護……?」
「古代遺物や禁術書、それに世界の記録と呼ばれる品々を、他勢力に渡る前に集めています。白猫様の意志で」
リアナが眉をひそめる。
「それって、ギルドが監視してる危険物品の横取りと同じじゃない?」
「ええ、だからこそ白猫様は私たちを、盗賊と定義し続けているのです。善悪を偽らないために」
場が静まり返る中、タクヤは考えていた。
観察者は、自ら動かず、観測するだけの存在。だがこの猫を使って、世界の調整を裏から試みているようにも思える。
まるで自分と――同じような役割を担っているような。
「最後に確認させてほしい。この白猫様の目的は?」
盗賊たちは顔を見合わせ、そして全員が静かに頭を下げた。
「『混乱が許容を越える前に、正しい手を選別する』 それが白猫様の言葉でした」
その瞬間――白猫はぴょんと跳び、タクヤの肩に乗った。
まるで「見定めた」とでも言いたげに。
「……え、仲間になったの?」
「……いや、観察対象に選ばれたのかも」
フェリスがぽそりと呟く。リアナも苦笑し、バルドは肩をすくめた。
「猫が敵よりマシってことか。世も末だな」
タクヤは肩に乗る猫をそっと撫でながら、微笑んだ。
「ま、便利屋としては珍しい依頼だったけど――」
「猫のボスのご機嫌取り、任務完了ってことでいいかな」