地下図書館の幽霊は働き者
「……というわけで、困っておりまして」
王都の一角にある古い図書館。館長の初老の男性は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「夜な夜な現れる幽霊が、自動筆記装置を勝手に動かし、書物を書き換えてしまうんです。しかも、修正内容が異様に正確で……逆に間違ってるのは私たちなのでは、と不安になる始末でして」
タクヤは頷きながらメモを取る。
「つまり働き者の幽霊を、穏便に止めてほしいと」
「はい、できれば解雇の手続きを……霊的な意味で……」
リアナが笑いをこらえながら言った。
「図書館で働く幽霊って、ちょっと面白いじゃない。正確に書き換えるなら放っておいても……」
「いや、そこが問題なんだ」
タクヤは、幽霊が使ったという端末を調べながら言った。
「この端末、古い管理記録転写機だ。魔導機器じゃない。これは……この世界のログを記録していた装置だよ」
フェリスの目が見開かれる。
「じゃあ、その幽霊は――この世界を知っている何者か?」
「それも調べてみないとな」
図書館の地下、旧記録保管庫はひんやりと静まり返っていた。明かりを灯しながら、タクヤたちは奥へと進む。
そして、そこにいた。
透明な姿で、端末の前に浮かぶ人物。フードを被った小柄な青年の姿をした幽霊だった。
《記録を再編中……管理者記録との照合完了……エラー修正》
タクヤはそっと声をかけた。
「君、名前は?」
幽霊がふとこちらを向き、驚いたように目を見開く。
「……君は第7世代か?」
静かな一言に、空気が凍った。
「なぜそれを?」
「懐かしいスキルの波長だった。私もかつて、第5世代の調整者だった者だ」
タクヤは、一歩前へ出た。
「どうしてここに?」
「記録の破損が進んでいた。私は死後も、記録を守るように設定されていた。ただそれだけだ」
「じゃあ……もう十分、役目は果たした。休んでくれていい」
タクヤの言葉に、幽霊は微笑んだ。
「ありがとう。ならば、最後に――君にこの世界が生まれた理由の断片を残そう」
幽霊は淡く光り、そして静かに消えた。
次の瞬間、端末に自動的に映像が投影される。そこには、数百年前の風景。人が空に浮かぶ都市を造り、機械と魔法で文明を築き上げる姿が映っていた。
「これは……?」
フェリスが呟く。
「この世界は、ただのファンタジーじゃない。管理された箱庭だった」
タクヤは、その映像をじっと見つめていた。
「じゃあ俺たちが今いるのは……運用中の世界だ。けど、もう制御は崩れてる」
リアナがぽつりと漏らす。
「タクヤ。あんた、どこまで知っていくつもり?」
「できるだけ全部」
短くそう答えて、タクヤは端末に保存された記録を外部装置にコピーした。
「結局、幽霊だったのか?」
図書館の地上階に戻りながら、バルドが腕を組んで言う。
「正確には、自己修復プロトコルに従った自動記録霊体だな」とタクヤは応じた。
「彼は管理者側の記録員だった。死後も記録の誤差を修正し続けてた……人間としての意識は、とうに失っていたかもしれないけど」
リアナは苦笑した。
「便利屋に依頼してきた図書館長さん、幽霊を解雇してって言ったけど……まさか、あんな深い話になるとは思ってなかったでしょ」
「そうね……」フェリスは真剣な表情を浮かべていた。
「彼の残した映像、空に浮かぶ都市や文明の崩壊記録……本当に、この世界は一度作り直されたの?」
「それを確かめるのが、これからの仕事ってことだろうな」
タクヤは端末を確認する。
幽霊が最後に残してくれた記録には、こう書かれていた。
世界は七度、書き換えられる。今は第七期。君は、最後の調整者。
「第七期……」
「つまりこの世界は、七回目の更新後ってこと?」
タクヤは静かにうなずいた。
「そう。そして、それが意味するのは――次の更新が最後だってことだ」
図書館の天井を見上げる。
古いが整えられた空間には、知識と記録への誇りが詰まっている。けれどその裏では、管理者たちの意思が静かに息をしていた。
「幽霊の依頼、完了っと」
タクヤが報告書に書き込みを入れると、リアナがいたずらっぽく笑った。
「でも今回、報酬は何? まさか霊体の感謝とか言わないでよ」
「……実は、図書館の閲覧権限を1階層、上げてもらえた」
「地味!」
だが、フェリスは目を輝かせる。
「それはすごい! あの封印区画に入れるってことよ!」
「そう、そしてそこに設計者の記録があるかもしれない」
「なるほど、幽霊を解雇したと思ったら、今度は神の履歴書を読む気?」
「仕事ってのは、奥が深いんだよ」
タクヤがそう言って笑うと、いつもの便利屋の空気が戻ってきた。
「さて、次の依頼を探そうか。俺たち、なんでも屋だしな」
その言葉に、仲間たちは頷いた。