魔法暴走事件、発生中!
「それで……飛んでるって、どういうことですか?」
タクヤは依頼人の青年を前に、首をかしげた。背後ではリアナとフェリスが地図を確認し、バルドが足元の爆薬箱を点検している。
「空ですよ空! 本当に猫が! ぶわーっと!」
依頼人は荒い呼吸のまま、壁に貼られた空の写真を指差した。そこには、確かに小さな影が空を横切っていた。尾をふわりと揺らす、その姿は――
「……猫ですね」
「猫ですとも! うちの村で飼ってたんですよ、普通の猫だったんですよ!? 急に空を飛びだしたんです。しかも、止まらない!」
「止まらないって、落ちないんですか?」
「むしろ加速してます! このままだと空気が裂ける!」
タクヤたちは顔を見合わせた。
「空飛ぶ猫の依頼って、これで二件目ですね」
「前のやつは喋ってなかったっけ?」
「……今回のは、ただ飛んでるだけみたいだ」
情報を整理するうち、タクヤの端末が警告音を鳴らす。
《近隣区域にて魔力暴走反応。分類:連続浮遊型》
「浮遊……浮遊魔法だ」
タクヤは立ち上がり、手のひらで魔力制御陣を構築する。
「誰かが浮遊魔法を暴走させて、猫に転写されたんだな。しかも解除されずにずっと飛んでる……」
リアナが短剣を抜いた。
「猫への誤転写? 術者を探す必要があるわね。もしくは装置か魔道具の暴走」
フェリスが耳を揺らしながら言った。
「ねえ、それって――猫が魔法のバッファになってるってことじゃない?」
「その可能性が高い。まずは猫の飛行ルートを追って、魔力の発生源を探す」
バルドが背のハンマーを担ぐ。
「飛んでる猫を叩くのは苦手だが、魔導装置の一つや二つなら壊してやるぜ」
タクヤは頷き、空を見上げる。青い空に、確かに、毛玉のような影がぐるぐると回っていた。
「よし。飛ぶ猫、止めに行くぞ」
「……この台詞、もう慣れてきた気がする」
「慣れるのがおかしいのよ」
その頃、遠く離れた遺跡の奥で、一つの魔道具が脈動を始めていた。
蓄積された魔力は限界を超え、制御装置はとうに壊れていた。だが、誰も止めに来なかった。
その代わり、猫が飛んでいた。
それが、最初のほころびだった。
====
「見えたぞ、あれだ!」
バルドが指差した先、低空を旋回する灰色の毛玉――猫が、ふらふらと飛び続けていた。
「速度、落ちてきてる? いや、魔力が不安定なだけか」
タクヤは魔力測定端末の表示を睨みながら、小さく頷いた。
「魔力供給源は……この森の奥、遺跡の方だな。猫はその周囲を回ってる」
「ということは、中心に装置があるはずね。制御を試みる?」
「まずは猫を無事に回収しよう。でないと墜落する」
フェリスが魔導ロッドを構えた。
「任せて、ちょっとだけ魔力のルートを書き換える」
ふわ、と風が巻いた。猫の体がゆっくりと旋回し、森の中の小道へと導かれてくる。
「よし、バルド!」
「わかってる!」
バルドが手早くネットを広げ、飛来する猫をふわりと包んだ。猫は「にゃ……」と鳴いて、網の中で丸くなる。
「確保完了だな」
「けど、これだけじゃ終わらない」
タクヤたちはそのまま森を進み、古びた遺跡の入り口にたどり着いた。扉は半開きで、内部から淡い魔力の光が漏れている。
「これは……古い制御装置だ。多分、浮遊試験用の……魔力が逆流してる」
「装置を止めれば猫は助かる?」
「逆。この猫が、暴走した魔力を代わりに吸収していたんだ。止めれば、今度はどこかが爆発する」
タクヤは迷わず、自分のスキルを起動した。
《スキル:万能補助(制御系)》
《対象:魔力供給装置》
《指令:負荷分散・安定化》
機械が低くうなり、光が静まった。装置の周囲に浮かんでいた魔力の結晶が、空気に溶けていく。
「終わった……猫にも異常はない。元に戻るはずだ」
リアナが腕を組む。
「スキルで修復か。やっぱり、ただの便利屋じゃないわね」
フェリスが笑った。
「うん。でも、ただの便利屋だから動けることもあるよ。正規の修理隊じゃ、間に合わなかった」
バルドが猫をそっと撫でる。
「こいつもな。誰かが気づくまで、ずっと飛んでたんだ」
タクヤは猫の首に結ばれた小さな飾りを見て、ふと呟いた。
「……この飾り、転移者の文字だ。モニター:No.73……?」
一瞬、全員の間に沈黙が走る。
「タクヤ、それって――」
「まだ確証はない。けど……この世界には、誰かが管理してる場所が、他にもあるのかもしれない」
猫がくしゃみをして、タクヤの足元にすり寄った。
「とりあえず、依頼達成だな。空飛ぶ猫、無事に回収完了」