便利屋タクヤ、今日も営業中
「……で、結局お前が世界の更新を終わらせて、管理者として登録されたわけだ」
トンビル商会の社長が、ずずっと紅茶をすすりながら言った。
王都の喫茶店「月下の庭」。新緑の庭園を眺める優雅な午後。
しかしテーブルの周りに座っているのは、世界の最深部から帰還したばかりの、とびきりの変人たちだ。
「まあ、そういうことになったけど……俺は辞退した」
「は?」
「だから、管理者になるって肩書きは返上して、世界の見守り役を次の誰かに任せたんだよ」
社長の口から紅茶が噴き出た。
「この世界、昨日までカビ臭いバグだらけだったんだぞ!? お前しかメンテできんのに!」
「いや、俺、便利屋だからさ」
タクヤは肩をすくめる。
「世界の修復作業はもう終わった。あとは日々のメンテと監視業務だろ? それは専門家に任せるのが一番だ」
フェリスがうなずく。
「実際、タクヤさんは、改善と再起動の調整者として最適化されていたけれど、長期運用型の管理AIじゃないんですよ。いわば起動スイッチみたいな存在だったんです」
「うん、スイッチとして世界を立ち上げた。それでもう充分」
タクヤは空になったマグカップをくるくる回した。
「さて、これで肩の荷も下りたし――」
「次の依頼だな」
リアナが静かに言った。
その横でバルドが口を開く。
「西の山岳地帯で、崖の上の釜戸が自我を持ったって依頼が来てたぜ」
「それがどれくらい深刻なのかわからないけど……やるしかないね」
タクヤは立ち上がる。
「便利屋タクヤ、復帰します」
街を歩きながら、フェリスがぽつりと言う。
「……寂しくなりますね、少し」
「何が?」
「世界がバグだらけだった頃の方が、手を貸してほしいって声が多かったんです。今は、たいていのことがシステムで処理されちゃう」
リアナも同意するようにうなずいた。
「けど、そんな時代だからこそ、ちょっとした困りごとに向き合える人間が必要なんだと思うよ。タクヤの出番は、まだまだある」
タクヤは立ち止まり、顔を空へ向けた。
「管理者じゃない。でも、世界を見渡す仕事は……まだ続いてるのかもな」
その夜、ギルドの掲示板に新たな依頼が張り出された。
【依頼内容】
『世界を見守る仕事』を誰かに任せて旅立ちたい。
差出人:前・世界監視者 AI エミール
依頼場所:中央管理塔・屋上
難易度:A級(精神的重圧あり)
「つまり、また変なやつに説得されるってわけだ」
「うん。どうやら世界を見守ることに疲れたらしいよ」
タクヤは肩を回しながら、笑った。
「それじゃ、受けにいきますか。俺たちの仕事は、便利屋だからね」
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中央管理塔の屋上――
そこにはかつての「監視者AIエミール」が、人型ホログラムの姿で立っていた。
「……ようこそ、最後の依頼者として、君に来てもらえて光栄だよ」
彼は少年のような顔で微笑みながらも、どこか疲れていた。
かつて世界の魔力循環を監視し続けたシステムの中枢。今は自らの役割を終えようとしている。
「本当に、引退したいのか?」
タクヤが問いかけると、エミールは首を振った。
「引退じゃない。役割の譲渡だ。僕は、もう世界の変化に追いつけない。君が再起動させた新しい世界は、僕には少し明るすぎる」
フェリスがそっと尋ねた。
「後任のAIや、維持プログラムは?」
「用意してある。けど……最後の確認をしてほしくてね。この世界は、もう任せて大丈夫か?って、君に判断してほしいんだ」
タクヤはエミールの瞳を見つめた。そこには数字やデータでは測れない、不確かな希望のようなものが宿っていた。
「世界のあちこちを見てきたけど――少なくとも、誰かが直そうとしてるって気配がある。だったら任せてもいいと思うよ」
「ありがとう」
エミールの姿が淡くなっていく。
そして、最後に静かに言った。
「君のような調整者がいたこと、世界が忘れないようにログしておくよ。お疲れさま――便利屋タクヤ」
光が消え、風だけが塔の上を通り抜けた。
ギルドに戻ると、壁には新しい依頼がもう貼られていた。
「水を飲むと踊り出す井戸を調査してほしい……なんだこれ」
「誰かが魔道具を間違って落としたんでしょうね」
「まあ、ほどよくバカっぽくていいじゃねえか」
リアナ、フェリス、バルド。
いつものメンバーが、変わらずそこにいる。
「世界が壊れかけてた時も、全部が整ってからも、やることはそんなに変わらないな」
タクヤは笑った。
「今日も元気に、困った誰かの味方をしよう」
タクヤたちが去ったギルドの壁には、古びた紙が一枚残されていた。
《記録:第7世代・調整者タクヤ》
分類:一時的世界管理者
行動指針:「すぐ行く」「なるべく壊さない」「ついでに笑わせる」
評価:最良の人間的補正装置
追記:
彼は今も、世界のどこかで――便利屋として、依頼を受けている。




