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最終調整と仲間たち

王都の中心――玉座の裏に隠された鏡の間は、王族すら滅多に足を踏み入れないという。


案内役の老侍従が扉を開くと、空間の奥にぽっかりと浮かぶ巨大な鏡が現れた。


「ようやく来たか」


その前で待ち構えていたのは、黒衣の男――スレイン。


かつてタクヤを、観察者と呼び、行動を監視していた人物だ。


「君がここまで辿り着くとは思っていなかったよ。まったく予想外だ」


「それは光栄だね。で、どうする。道を空けるか、邪魔をするか?」


タクヤの言葉に、スレインは肩をすくめる。


「どちらでもない。君がこの鏡に、自分自身の影として登録されたときから、答えは出ている」


「自分自身の影?」


リアナが目を細める。


「この鏡は、世界の核心に最も近い場所。システムは、調整者自身を認証対象とするため、そこに影を作る。君がこの世界に来たその瞬間からね」


「なるほど。つまり俺の……もうひとりの俺が、ここにいるってことか」


タクヤが前に出ると、鏡の表面が波打った。


やがて、鏡の中に、もうひとりのタクヤが現れた。


無表情で、冷たい眼差し。

彼はゆっくりと剣を抜いた。




「今度の依頼は、暴走した鏡の中の自分との戦いか。あいかわらず無茶な仕事ばかりだ」


タクヤは肩を回し、スキル強化用の補助魔法をいくつか展開する。


「補助だけじゃ勝てない相手だぞ」


「わかってる。だから仲間がいるんだろ?」


その声に応じて、リアナが弓を構え、バルドがハンマーを振り上げた。


フェリスは静かに、術式の詠唱を始めている。


「お前の弱さも、迷いも、過去も。全部、俺たちが知ってる。だから――」


タクヤは一歩踏み出す。


「お前自身と向き合えるんだ」




鏡の中から、雷光が走った。


影のタクヤが放った術式は、タクヤ自身の得意とする支援スキルを逆手にとったもので、全員の動きを一瞬で封じ込める。


「解析系、封印されました!」


フェリスが叫ぶ。


「構わない。力ずくでも突破する!」


バルドが地面を砕き、術式を揺るがせる。


リアナの放った矢が、影タクヤの動きをほんの一瞬止めた。


「――今だ、タクヤ!」


タクヤはその隙に、影の自分へと突進する。


「お前が抱えているものは、わかってる!」


「無力感も、恐れも、この世界を変えていいのかという迷いも――」


影のタクヤが剣を振り上げるが、タクヤは受け止める。


「でもな、それでも前に進むって決めたんだよ!」


その瞬間、鏡が砕けた。




砕けた鏡のかけらが、ふわりと空中に浮かび、光の粒へと還っていく。


影のタクヤもまた、静かに消えていった。


「自分自身を受け入れたという判定ですね」


フェリスがうなずいた。


「最終調整の条件は、これで満たされた」


スレインが歩み寄ってくる。


「君たちなら、あるいは……世界を更新できるかもしれない。僕は、ただ見届けるよ」


「そのセリフ、ずっと観察してた奴の言うことじゃないな」


タクヤは苦笑する。


「観察と干渉は違う。だが、今日からは変わる。新しい管理者が決まったのだからね」




鏡の間の奥に、最後の端末が起動する。

タクヤが手をかざすと、表示されたのは一つの問い。


【最終調整を開始しますか?】


「……次で最後か」


タクヤは仲間を見た。


「世界を、未来を、変えに行こう」



====



玉座の裏、鏡の間の最深部。


タクヤの手が端末に触れると、起動音とともに空間全体がわずかに振動した。


【最終調整プロセス、進行中】


フェリスがモニターの数値をにらむ。


「世界中の中枢端末と接続開始。反応良好、遅延ゼロ。すごい……」


「でも、これで終わりじゃないよね」


リアナが静かに言う。


彼女の視線の先、鏡の奥にひび割れた空間が広がっている。


「うん。あれが最後のバグ……監視者コードの暴走領域。どうやらそいつが、更新を拒んでるらしい」


タクヤは笑うが、その目は鋭い。


「そこに行く必要がある。あとは任せていい?」


「当然だろ」


バルドがハンマーを担ぎ、フェリスとリアナがうなずく。


「最後の依頼だよ、タクヤ」


「うん。ありがとな、みんな」




ひび割れた空間をくぐると、そこは完全に異質な場所だった。


空は逆さに流れ、地は存在せず、視界の端から常に、誰かに見られている感覚が続く。


「……ようこそ、無認可更新領域へ」


声が響いた。タクヤの背後から。


現れたのは、真っ黒なローブをまとった存在だった。顔は影に隠れ、判別できない。


「私は、虚栄の書の守人。この世界を旧き秩序に縛り続けるもの」


「お前が……?」


「そう。転移者よ、調整者よ、お前たちの改善は、この世界にとって破壊でしかない」


タクヤは無言でスキルウィンドウを開いた。


「俺は、便利屋だ。壊すんじゃない。壊れたものを、直すだけだ」


「ならば、見せてもらおう。お前の便利が、どこまで通用するのかを!」




領域そのものが変形し、タクヤの周囲に次々と現れる幻影――


最初は、かつて救えなかった依頼人たちの姿。


次に、嘲笑するスレイン、怒りのリアナ、背を向けるフェリス……


「自己否定の投影か。やな趣味してんな」


タクヤは呟くと、自分自身に言い聞かせるように言った。


「俺は間違うし、無力でもある。でもな――」


彼は腰の道具袋から、銀色のリングを取り出す。


「仲間がくれた力がある。今の俺には、それで十分だ」


リングから放たれた光が幻影を貫き、世界に亀裂を走らせる。


「この世界は、止まってなんかいられない!」




最後の一撃を放ったとき、すべての幻影が消え、領域が収束していく。


「調整完了。最終プロセスが実行されます」


フェリスの声が、どこからともなく響く。


光がすべてを包み、鏡の間へと場面が戻った。




「……終わった?」


リアナがつぶやく。


タクヤは、鏡の間の端末を見つめていた。


【更新完了。新たな監視体制へ移行します】


画面の中央に、タクヤの名が浮かび上がる。


「この世界の管理者に、なったってことか」


バルドが言うと、タクヤは首を横に振った。


「違うよ。これは、次の誰かに引き継ぐためのものだ。俺たちはあくまで通過点。便利屋ってのは、あくまでつなぎ役だからな」




「じゃあ、次の依頼は何だい?」


リアナが笑う。


「そろそろ、王都の屋台で、絶滅寸前の串焼きを守る依頼が来るんじゃないか?」


フェリスが続ける。


「鍋を空にしてしまった村に、もう一度スープを届ける依頼も来てますよ」


「うーん、どっちもいいけど……」


タクヤは笑って言った。


「じゃ、次の依頼を受けにいこうか。便利屋タクヤ、今日も営業中だ!」


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