鉄と炎のふるさと
「おかえり、バルド」
その声に、タクヤたちは立ち止まった。山あいの小さな村――鍛冶の煙が空へ立ち昇るこの地は、かつてバルドが育った場所だった。
「オヤジ……まだ生きてたか」
バルドは少し照れたように笑い、無精ひげの大男へ歩み寄る。タクヤはそっとフェリスに尋ねた。
「この人、誰?」
「バルドのお父さん。伝説級の鍛冶師、鉄鬼のゴルザよ。昔、王都にも名前が轟いてたんだから」
「へぇ、そりゃすごい」
リアナも興味津々で周囲の工房を見回している。村中にカンカンという金属音が鳴り響いていた。
バルドの案内で、一行は村の奥にある古びた倉庫へと向かう。そこには、明らかに異質な鍋があった。
「……これが幻の金属製?」
タクヤは鍋の縁を軽く叩いた。高く澄んだ音が鳴る。
「見た目はただの鍋だが、この金属、触れた魔力を反射するんだ。調理道具としては最悪、兵器素材としては超一流だ」
バルドが額に汗を浮かべながら言った。
「それで、直すって?」
「鍋底が割れてるのよ。中の構造が部分的に崩れてて、修復には特殊な焼き入れ工程が必要なの」
フェリスが、水晶玉で鍋の内部構造をスキャンしながら解説する。
「けど、今の村じゃ、その温度と魔力制御が同時にできる炉が壊れてる。だから、タクヤのスキルが要るってわけ」
リアナが頷く。
「じゃあ、俺が魔力の調整役か」
タクヤは納得して、装置の前に立った。
作業は過酷だった。
村の修理済みの炉に火が入り、鉄鬼ゴルザがふたたび金槌を握る。その横で、タクヤは魔力の波を読み取りながら、炉内の魔力温度と密度を微調整していく。
「いいぞ……そのまま、もう一度叩け!」
ゴルザが叫び、バルドが鍋の破損部を鉄槌で打つ。
「くっ、素材が反発してきやがる!」
「なら、魔力密度を0.3落として! 今!」
タクヤのスキルが鍋の金属を包み込む。反発の波が和らぎ、再び成形が可能になった。
「……はぁ、はぁ……あと何回だ?」
「あと三撃!」
フェリスが汗を拭いながら答える。
そのときだった。
「ちょっと待て」
リアナが何かに気づいたように、作業を止めさせた。
「この鍋……何かを封じてる」
一同の動きが止まる。
「内部構造に、明らかに魔法的な封印パターンがある。これ、ただの鍋じゃない。何かが閉じ込められてるのよ」
「何かって……?」
「わからない。でも、このまま完成させたら、それが出てくるかもしれない」
沈黙が落ちた。
バルドが、鍋をじっと見つめる。
「……俺の村は昔、ここで武器じゃないものを作ってた。戦うためじゃなく、封じるための道具を」
ゴルザも静かに頷いた。
「俺たち鍛冶師の仕事は、何かを壊すためじゃない。何かを閉じ込める、封じる、守る……そのために鍛えるんだ」
タクヤはそっと鍋に手を触れる。
そこには、かすかに震える魔力の鼓動――まるで眠っている何かの存在があった。
「続けるか?」
リアナが問う。
「もちろん」
バルドは静かに答えた。
「これは俺たちの記憶だ。開けて確かめなきゃ、前に進めない」
「封印を解いたら、何が出てくるのか……」
鍋を前に、タクヤは慎重に魔力の流れを読み取っていた。表面の細かな文様――封印術式の一部が、温度上昇に伴ってうっすらと光を帯びている。
「タクヤ、どうするの?」
フェリスが不安げに訊いた。彼女の水晶玉も警告を発している。
「解除は可能。けど、出てくるものの正体は不明……だから、出す前に中身を安全に保つ手段が必要だ」
タクヤは炉の脇にある予備鍛造台を見やる。
「鍋の外側だけを修復して、中の封印構造は維持する。同時に対話用の魔力回路を組み込めば、外部から中身と接触できるかもしれない」
「それって、話しかけるってこと?」
リアナが眉をひそめる。
「うん。封じられた何かが意思を持ってるなら、こっちから名乗るのが礼儀だろ?」
再び作業が始まった。
タクヤの補助で、ゴルザとバルドは鍋の外殻を慎重に成形し直す。フェリスは封印の文様が崩れないよう、周囲に魔力の補強線を走らせていく。
そして――最後の一撃。
バルドの槌が、鍋の中心部に叩き込まれる。
「――ッ!」
鍋が共鳴するように、清らかな音が村に響き渡った。
同時に、鍋の表面に淡く光る文様が広がり、中空に音が生まれる。
《ここは……再起動ですか?》
その声は、金属を擦ったような人工的な響きだったが、どこか幼さも感じさせた。
「名乗るよ。俺はタクヤ。便利屋で、修理屋で、調整屋だ」
タクヤが語りかけると、鍋の声は少しだけ明瞭になった。
《記録……照合中。第三封印保持器。使用目的……熱源管理の制御中枢》
「おい、それって……」
バルドが目を見開く。
「そうだ。これ、鍋じゃない――魔力炉のコアだ」
鍋――いや、幻の金属の封印核は、かつて旧時代の魔力供給施設を制御する中枢だった。それが何らかの事故で暴走し、この村の鍛冶師たちが命がけでそれを鍋の形に再封印したのだ。
《再稼働の許可を求めます》
「ダメ。君はまだ世界の魔力構造と調和できていない」
タクヤはそう告げると、調整スキルを通じて、制御核の内部構造にゆっくりと手を伸ばした。
「でも、ちゃんと手を入れれば、君はもう一度世界を温める存在になれる」
静かに、彼は制御核の流れを整え、暴走の原因となったバグをひとつずつ洗い出していく。まるで、誤解された機械に寄り添うように。
数時間後。
鍋――いや、修復された制御核は、静かに沈黙を守っていた。中の声は今、深い眠りに就いている。
「これで、また使えるようになるのか?」
バルドが尋ねた。
「ああ。鍋としては無理だけど……魔力炉の中枢に戻すなら、あと何世代も動くはずだよ」
「鍛冶の魂を、未来に繋げられるんだな」
バルドの言葉に、ゴルザが頷いた。
「それが本当の鍛えるってことさ。モノじゃなく、意思を、記憶を鍛えるんだ」
帰り道、タクヤは空を見上げた。
「……世界のあちこちに、こういう忘れられた中枢が残ってるんだろうな」
「それを探して、整えて、また次へ?」
リアナが笑いながら言った。
「うん。便利屋の仕事って、忙しいよな」
タクヤは肩をすくめた。
でも、その表情には、確かな充実感があった。




