剣と爆薬とお茶会と
朝。いつものように、看板もない便利屋の扉がノックされた。
「失礼します、こちらが何でもやってくれる便利屋さんですか?」
現れたのは、緋色の騎士服に身を包んだ凛々しい女性だった。緊張感と優雅さが同居するその雰囲気に、タクヤはやや警戒しながらも愛想よく応じる。
「ご名答。で、何でもって言われるけど、まあ限度はあるよ?」
彼女は小さく頭を下げ、手元の封筒を差し出した。
「実は……王都の茶会で使用予定だった特注の紅茶セットが、誤って爆薬仕様になって届いてしまったのです」
「は?」
タクヤは一瞬、聞き間違いかと思った。
「つまり、爆発するティーカップが、貴族のサロンに配られたと?」
「その通りです。正式には、自爆魔道具型装飾茶器というものらしいのですが……私の家の名が関わっていて、穏便に回収したくて」
「いや、爆発物を穏便にってどうやるのさ」
そう言いながらも、タクヤは内心では《万能補助》スキルの準備を始めていた。魔道具との相性補正、反応制御、安全化プロトコル──こうした補助的な処理は、まさに彼の得意分野だった。
数時間後。タクヤは、その貴族のサロンの一室に潜入していた。
「お客様、今日のお茶はパチパチして楽しいって話題なんですよ〜♪」
メイドが無邪気に言うその背後で、ティーカップが小さくカチリと音を立てる。
(あれ、もう起動しかけてるじゃないか……!)
タクヤはすかさず、持参した小型魔道具で茶器に接触。魔力の流れを読み取り、起動シーケンスを一時停止する。
(なるほど、起爆条件は温度と時間。お湯が注がれて三分で……ポンか)
ひとつずつ丁寧に、しかし素早く回収と無力化を進めるタクヤ。その背後から、静かに声がかけられた。
「──貴様、何者だ?」
振り返ると、冒頭で訪ねてきた騎士服の女性が、剣を抜いて立っていた。
「やれやれ、もう少し静かに依頼完了させたかったんだけど」
「貴様、ただの便利屋にしては動きが妙だ。どこでその魔道具知識を?」
剣先が微かに震える。タクヤは両手を上げて、軽く肩をすくめた。
「いやいや、知識じゃなくて、使えるスキルがちょっと便利なだけだって。ほら、《万能補助》っていうね──」
彼の周囲に展開されていた魔法補助陣が淡く光ると、女性の目が見開かれた。
「……あなた、ただ者じゃないですね」
「ま、よく言われるよ」
そのとき──外で小さな爆発音。誰かが未回収のティーカップを使ってしまったらしい。
「急ぎましょう、回収はまだ半分です!」
「了解。ついでに自己紹介しておくか。俺はタクヤ。便利屋をやってる、ただの転移者」
「私はリアナ……元・王国騎士です」
(元?)
その一言が引っかかるも、今はそれどころではない。爆発する紅茶が今なお何杯か、室内を彩っている。
「……よし、あと十杯。派手な午後茶になる前に終わらせようか」
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「これで――残り、三つ!」
タクヤは魔力制御陣を展開しながら、最後の爆薬ティーカップに手を伸ばした。器に染み込んだ起爆魔素がわずかに震える。指先の集中を研ぎ澄ませる。
「タクヤ、左!」
リアナの声と同時、脇から飛んできたティーポットが床で爆ぜた。
「お茶会、ってこういう意味じゃないよな……」
タクヤは苦笑しつつ、爆発のタイミングをずらす魔力のねじれを修正し、ティーカップを無害化する。
「それで全部ですか?」
「いや……一つ、まだ未開封があるって記録されてた。どこかに残ってる」
彼が魔道具端末で室内を再スキャンする。茶棚の奥、目立たない木箱がぴくりと反応した。
「ありゃ……」
その木箱は、すでに誰かの手に握られていた。
「これ? さっき猫が持ってきたやつだけど、そんなに珍しいの?」
そう言って小箱を振っていたのは──
「……猫?」
タクヤの視線の先に、小柄な獣人の少女がいた。頭に三つ編み風の耳飾り、背中にちょこんと魔導端末。そして足元には本物の猫。少女はきょとんとした顔で笑った。
「爆薬入りってことは内緒にしといた方がよかったかな?」
「いや、むしろ何者だ君は」
「フェリス。旅の記録屋で、時々いらないもの拾って売ってるの」
「拾ってって爆薬拾うなよ!」
タクヤは慌てて小箱を受け取り、素早く中身を無力化。猫がにゃあと鳴いた。
「で、この子が運んできたの。ね?」
フェリスが足元の猫を指差すと、リアナが低くつぶやいた。
「……その猫、見覚えがある。元・盗賊団の荷物持ちだったはず」
「猫が!?」
騒がしい現場に、もうひとつ足音が近づく。今度はごつい大男。筋肉と焼けた皮膚に、大型のハンマーを背負っている。
「おい、どこだ! このへんで爆発したって聞いて飛んできたぞ!」
「あなた、まさか鍛冶屋さん?」
「バルドってんだ。火薬騒ぎには敏感でな」
リアナが剣を納め、すっかり状況を見極めた口調で言った。
「……なるほど。タクヤ、あなた、面倒ごとに人を引き寄せる性質があるようですね」
「心外だな、俺はただ、頼まれた通り爆発するティーセットを回収してただけだ」
「それが、面倒ごとなのよ」
フェリスが笑い、バルドが腕を組みながら言った。
「こういう騒ぎがあるなら、俺もその便利屋とやらに関わってみるかな。爆薬と聞くと放っておけねぇ」
タクヤは肩をすくめた。スキル《万能補助》が再び淡く光る。
「じゃあ、結成だな。俺が便利屋、君らが……」
「護衛兼報告係」
「拾い屋で記録係」
「火薬と鉄の調整役」
タクヤは苦笑しながら呟く。
「……やれやれ。どんどんにぎやかになる」
その夜。紅茶セットの回収報告を終えたあと、タクヤはささやかなティータイムを開いた。今度は、爆発のない本物の紅茶で。
「せめて、爆薬のにおいじゃないティーで締めたいよな……」
一口すすると、ほんのり甘くて、ほっとする香り。
便利屋の仕事は、予想外の連続だった。けれど、それもまた悪くない。