魔力の流れを整えよ
「ねえタクヤ、この依頼、本当にふざけてるんじゃないの?」
リアナが紙をつまんで眉をひそめた。
「村全体が朝から晩まで踊っている。止めたい……って、なにこれ。祝祭?」
「いや、魔力系の異常らしいよ」
タクヤは、旅装を整えながら答えた。
「踊らされているんじゃなくて、踊ってしまう状態。体が勝手に動くっていう苦情が、ギルドに殺到してる」
「ふーん、洗脳魔法?」
「それが、魔法自体は検出されてない。あくまで、魔力濃度の異常って記録されてる」
「魔力そのものに干渉されてるってこと……?」
フェリスが首をかしげる。
「もっと正確には、空間の魔力の流れに乱れがあって、その結果、人間の筋肉信号が誤作動してる状態らしい」
「じゃあ、空気の中の魔力が踊ってるのか」
バルドが腕を組んでうなる。
「正確には、空気がリズムを持って振動しているような状態だって。まるで音楽を鳴らしてるようにね」
タクヤは旅の鞄に、測定用の水晶玉を詰めながら言った。
訪れた村の入り口では、すでに様子がおかしかった。
「よっ……はっ……よいしょー!」
見張りの老人が、腰を痛めながら盆踊りのようなステップを踏んでいた。
「お、お若いの! 止まらんのじゃ……!」
「無理に止めようとしないでください、むしろ危険です。筋肉が抵抗するほどダメージが来ますから」
タクヤは手早く魔力の波形を測定し、苦笑する。
「これは……まるで魔力のメトロノームだ」
「なにそれ」
リアナが訊くと、タクヤは水晶玉を持ち上げた。
「この辺りの魔力が、ぴったり一秒ごとに強弱の波を打ってる。まるで、目に見えない音楽に村全体が乗ってるみたいな状態だよ」
「しかも……意図的じゃない?」
フェリスが小さく呟く。
「これ、何かの装置が動き続けてる信号に似てる。古代魔道具の残骸とか」
「それなら調べるしかねぇな」
バルドは袖をまくって村の中心へ歩き出す。
村の広場。
全員が踊っている中で、地面の一角――妙に地熱の高い石板の上に、微かな光を放つ金属の装置があった。
「これだな」
タクヤはそっと装置を持ち上げ、裏面を確認する。
「魔力循環安定装置・型番C3……これ、数百年前の文明の遺物だ……ああ、やっぱり。時間信号がループしてる」
「それで魔力が定期的に揺れてるの?」
「うん。もともと、魔力の流れを整えるための装置だったはずなんだけど、調整が狂って振動を生むだけになってる」
フェリスが唇を噛む。
「つまり、この村が踊り続けてるのは、魔力の流れのせいじゃなくて、古代装置のバグってことね」
「そのとおり。これは踊らされてるんじゃなく、踊らせてるシステムの暴走だ」
タクヤは工具を取り出す。
「直すしかない。けど――」
「けど?」
「うまく止めないと、魔力の波が逆流して……最悪の場合、魔力震が起きる」
「魔力震?」
「魔力が爆発的に収束・解放される現象……この村が吹っ飛ぶよ」
「じゃあ、魔力震を起こさずにどう止めるの?」
リアナが眉をひそめて装置を見下ろす。村の広場では、住人たちが汗だくで踊り続けていた。誰もが疲弊しているのに、体が勝手に動き、止められない。
「逆流を起こさず、波形を自然減衰させる。つまり、止めるんじゃなくて、眠らせるんだ」
タクヤは、金属装置の制御盤に補助スキルを使いながら、魔力の流れを読み取り始めた。
「眠らせる……?」
「魔力のリズムを、段階的に遅らせていく。踊りのテンポを落として、やがて自然に止まるようにする」
「そんなこと……できるの?」
フェリスが水晶玉を抱えていた手を少し強く握る。
「俺の補助スキルは、強化も弱化も調整もできる。今回は、共鳴をずらす方向でいく」
バルドが肩を回し、あたりの村人たちに向かって声を張り上げた。
「おい、そこのじいさん! これからお前らのステップ、ちょっとずつスローになるからな! 焦んなよ!」
「ス、スロー……ありがたいのう……」
老人は泣きそうな顔でステップを刻んでいた。
作業は慎重に進んだ。
タクヤは補助スキルを装置の魔力回路に注ぎ込みながら、魔力の周期をわずかずつ変化させていく。フェリスがリアルタイムで波形を記録し、リアナは警戒態勢、バルドは念のために装置を固定していた。
「よし、第一段階、周期0.97秒に減速成功」
「村人の動きも、わずかに……ゆっくりになった」
フェリスが頷く。だがそのとき、制御盤の一角からノイズのようなキィィンという音が響いた。
「まずい、古い回路が過熱してる。耐えられないかも!」
タクヤは一瞬、ためらったが――
「スキル最大出力で、同期解除。いくよ!」
彼の補助スキル《調整支援》が、装置全体に青白い光を放った。波形がガタリと揺れ、装置が一度、小さく鳴いた。
「……?」
踊っていた村人たちが、一人、また一人と動きを止める。まるで糸が切れた人形のように、その場にへたり込む者もいた。
「止まった……?」
リアナが驚いたように辺りを見回した。
「止まった!」
フェリスの水晶玉も、完全な静寂波を示していた。
「ふぃ~、なんとかなったか」
バルドが装置に布をかけて冷やしつつ、村人たちの様子を確認してまわる。
村長が、布団の上からタクヤたちを見上げた。
「まさか、古代の装置がこんなことに……ずっと地中に埋まってたんじゃが、最近掘り返しての。記念碑にでもと思ってな」
「その判断、間違ってはなかったと思いますよ。結果的に村の魔力循環は少し安定しましたし、装置の修復も進められます」
タクヤは笑顔で答えた。
「けどまあ、踊らされるのはごめんだな」
リアナが溜め息をつく。
「でも、すごかったわよタクヤ。波形の調整、あんなに繊細にできるなんて」
「ありがとう。でも……」
彼は窓の外を見た。
「魔力の流れそのものにエラーが起きるって、世界の魔力網が何かおかしいのかもしれない。以前の空飛ぶ猫事件も、それっぽい兆候だったし」
「また、世界のほころびが見えたってことか」
フェリスが水晶玉をそっと閉じる。
「うん。たぶん、次は本流に近いところで異常が起きる」
「そこに向かうってことだな?」
バルドがすでに荷造りをはじめている。
「うん、そろそろ中枢に近づく時期かもしれないね」
便利屋一行は、朝の村をあとにした。踊り疲れた村人たちが、ゆるやかな笑顔で彼らを見送る中――タクヤの背中に、再び小さな緊張が戻り始めていた。
魔力の流れは、誰かによって設計されていた。
その設計が、今、どこかで狂いはじめている。




