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王都の交渉術ふたたび

「――だから言ってるだろうが! あの王は話が通じんのだ!」


王都ギルド本部、会議室の机を叩きながら叫ぶのは、ギルド長補佐のロシェルだ。顔を真っ赤にして怒鳴っているが、その目には疲れの色が濃く浮かんでいる。


「通じないって言葉が?」


タクヤは、傍らで紅茶を啜りながら尋ねた。


「言葉は通じる。だが……通じないんだ!」


「つまり、会話は成立してるけど、意図が通じないってことか」


「そうだ! こっちが農業支援の話を持ちかけたら、突然神託による魚の増産を主張してきたんだぞ!」


「神託……」


リアナが眉をひそめる。


「王様、最近おかしいのよ。昔はもう少しまともだったのに。今じゃ風の声を聞いただの、星々の囁きが作物に語りかけているだの」


フェリスがメモ帳を閉じて、小声で呟く。


「世界の再起動に関係する症状かも……?」


「あるいは、古いプログラムにアクセスしすぎた結果だろうな」


タクヤは立ち上がる。


「とにかく、王に直接会ってみよう。通訳ってより、調整の必要がありそうだ」




王宮謁見の間。


そこには、絢爛たる衣装をまとい、天井の天球儀を見つめながら独り言を呟く若き王、ラミュエル四世の姿があった。


「……空の声が……鳥たちがさえずる……明日は東風が良い……」


「陛下。タクヤ=アラタ殿、便利屋としてお越しです」


侍従の声に、王はゆっくりと振り返る。


「風の名を持つ者よ……汝は、大地の声を聞く者か?」


「まあ、たまには排水管のうめき声ぐらいは聞くが」


タクヤは飄々と応じると、王の前に進み出た。


「陛下。周囲の皆さんは、あなたの言葉が、伝わらないと感じています。たとえば、先日の会議――」


「伝えようとはしておる。だが、言葉は薄き膜にすぎぬ。真に届くは感じなのだ」


「つまり、言葉を媒介にしない、共感での意思疎通を望んでおられる?」


「――解しておるな、風の者よ」


タクヤは手帳を開いた。


「なら、こちらも媒介を変えましょう。たとえば――絵、音、香り。王が真に伝えたい世界の姿を、別の方法で整理してみませんか?」


「……面白い。よかろう」


王は立ち上がり、玉座の後ろの大きな壁画へ歩み寄った。


「この星の回廊を見よ。これは我が夢であり、記憶でもある。お前に、この意味が分かるか?」


タクヤは壁画を見上げた。


そこには、魔法円のような幾何学模様と、浮遊する文字列が描かれていた。文字は崩れていたが、どこかシステムログのようでもある。


「これ……データだ。王は……過去の世界更新プロトコルの断片を、夢として見ている?」


「ほう、通じるか」


王の顔に微笑が浮かんだ。


「星のささやきとは、記録だったのか……」




会談の後、謁見の間を出たタクヤたちは無言で廊下を歩いた。


「……王様、完全に世界の根幹に触れてるわね」


フェリスが呆れたように呟いた。


「言葉が通じないって言われてたの、仕方ないわよ。あの人、今この世界を見下ろしてるんだもの」


「うん、でも逆に言えば、協力を得られるかもしれない。王はただ、自分の見てるものを誰も理解してくれないことに孤独を感じてた」


タクヤは振り返り、王宮の大理石の壁を見た。


「次は、王につなぐ仕事を頼んでみよう」



====



王宮の地下には、普段使われていない小会議室がある。そこに集まったのは、王、ギルド幹部、王都の都市管理担当者、そしてタクヤたちだった。


「今日は、王の言葉をみなさんに伝えるための場を設けました」


タクヤが壇上に立ち、ホワイトボードに絵を描きながら説明を始める。


「陛下は、星や風の声を借りて、世界の警告を感じ取っておられます。たとえば、陛下が魚を育てよと仰った件、それは王国北部の水脈に関するシステム異常と関係しています」


「水脈の異常……それ、今まさに調査中だ」


管理担当官が驚いた顔でうなずいた。


「陛下の言葉は詩的ですが、未来予測の断片が含まれています。つまり、陛下は無意識に旧文明の記録――かつての世界更新に関する情報と接触していると考えられます」


タクヤは、王が描いた「星の回廊」の写しをテーブルに広げた。


「この図、ギルドの保管データと照合したところ、過去の更新プログラムと一致する部分がありました。つまり、陛下は更新ルートの中継地点を記憶か直感で認識している」


「そんなことが……」


ギルド長補佐のロシェルが呟いた。


「じゃあ、王の言葉は無視してはいけないってことか?」


「逆です。むしろ通訳がいれば、王はこの国にとって最重要のセンサーになり得ます」


会議室が静まり返る。


その中央で、王・ラミュエル四世が、やや恥ずかしそうに咳払いをした。


「……ふむ。つまり我は、風の精霊の使いというより、更新ログの残響を拾う管であったか」


「詩的な解釈ですけど、だいたい合ってます」


タクヤは笑って答えた。




会議後、王宮の庭園にて。


「――して、風の者よ。我はどうすれば、皆ともっと正しく通じ合えるのだ?」


ラミュエル王が真剣な眼差しでタクヤに問う。


「王様が自分の言葉で語るのをやめる必要はありません。ただ、僕たちがそれを翻訳して橋渡しすればいい」


「では、その橋をお前が担うか?」


「……いいえ。僕は便利屋なので。翻訳機や記録媒体の調整ならできますけど、政治には口出ししません」


「便利屋とは、つくづく不思議な職業だな」


「ええ。でも、不思議と更新は似たようなものですよ」




翌日、ギルド本部の執務室。


ロシェルが書類を積み上げながら、タクヤに言った。


「おかげで、王の発言記録を、翻訳する部門が新設されることになったよ。共感課とかいう名前でな」


「それ、すごい部署名ですね……」


「まあ、王都らしいだろ。だが、王の語る詩から、これだけ正確な推測ができたのは、お前のおかげだ」


「いえ、陛下がつなごうとしてくれたからこそです」


タクヤは椅子から立ち上がり、上着を羽織る。


「さて、次の依頼先へ。今日は確か、魔力で踊り続ける村でしたっけ」


「……いやもう、それもわけが分からん依頼だな……」


「いつも通りです。僕らの仕事は、通じないものを、つなぎ直すことですから」


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