魔導塔と管理者の鍵
「喋りすぎなんだよ、扉が!」
王都から半日ほど東にあるエルザの魔導塔。今は誰も使っていない旧式の研究塔だが、近隣住民からこんな苦情が寄せられていた。
「夜中にずっと『開けゴマ!』『私は閉ざされた知識の番人!』『知りたければ解答せよ!』って、やかましくて眠れないって……」
依頼者の町役人は、耳に詰め物をしながら言った。
「ていうかそれ、塔にある魔法扉の仕様じゃないの? 謎かけして、正解者だけを通すっていう」
「ええ。でもなぜかずっと開きっぱなしで、中には誰もいないのに問題だけが延々と……で、答えが間違ってると塔の魔法陣が発動して雷が落ちる。しかも質問がだんだん狂ってる気がして……」
タクヤは肩をすくめた。
「了解。つまり、自動応答のセキュリティが暴走してるから黙らせてくれってことね」
フェリスがうなずく。
「塔に記録されてる知識辞書が壊れたのかも。わたし、修復用の呪文持ってるか調べてみる」
リアナは空を見上げ、長いため息をついた。
「……魔導塔って、簡単に黙るようなタマじゃないのよね」
塔の中は、静かだった。
……いや、静かだったのは、最初の数分だけだった。
「ようこそ、愚かなる挑戦者よ! ここに問う!」
石造りのホールに響きわたる、大仰な声。
「世界で最も尊いものは何かッ!」
リアナが即答する。
「金」
「ブブー! 愚か者め!」
塔が震え、天井の魔法陣が発光する。
「警告:魔法レベル1、起動準備――」
「待て待て待て!」
タクヤが飛び出して、魔法陣に自分のスキルを投げた。
《補助スキル:調整・抑制・選択遮断》
光が消える。何とか雷は回避された。
「……危ないなあもう」
「じゃあ何て答えるのよ、最も尊いものって」
フェリスがノートをめくる。
「えーと、旧塔時代のセキュリティ設定によれば、正解は記録か知識のはず……って書いてある。でも、答えても正解にならない。おかしいね」
タクヤは塔の中心にある管理核のコンソールを見つめた。
「……これ、俺のスキルでアクセスできそうだ。たぶん、調整者としての認証が通る」
リアナが眉をひそめる。
「でもやめておいたほうが――」
「おや、お客様でしたか?」
塔の最奥から、新たな声が響いた。
「ご来訪ありがとうございます。第七調整者タクヤ様。お待ちしておりました」
フェリスが息を飲む。
「……これ、塔がタクヤを調整者と認識して反応してる……」
リアナの目が鋭くなった。
「どういうこと?」
タクヤは、苦笑いを浮かべた。
「俺にも分からない。ただ、こいつ――塔のAIというか、魔導核が俺を上位権限者として見てる。つまり、何かを直すために俺が来たって、向こうが思い込んでるみたいだ」
「じゃあ――塔そのものの故障を、今から修理するってこと?」
「ああ。喋りすぎる扉だけじゃなく、この塔の中枢全体に何か異常が起きてる。俺のスキルで、原因を探ってみる」
塔の魔導核に接続した瞬間、タクヤの脳裏に情報が流れ込んだ。
視界に浮かぶのは、古びた管理ログ。時折挟まるノイズ。そして、断片的なメッセージ。
《記録保持者 第3系統……更新失敗……知識断片、喪失……》
《第6調整者による修復未了……次回調整まで待機中……》
《第7調整者、確認》
タクヤは呟いた。
「……やっぱり、この塔の知識ベース、そのものが壊れてる。前の調整者も直せなかったみたいだ」
リアナが身を乗り出す。
「じゃあ、どうするの?」
「俺がやるしかない。修復って、まさに俺のスキルの出番だから」
タクヤは、深く息を吸い込んだ。
「ただし、知識の迷宮に飛び込む必要がある。ここの中枢と直接リンクして、記憶とデータを再構築するんだ」
フェリスが不安げに尋ねる。
「それって、危険じゃない?」
「まあ……少し頭がおかしくなるかもね」
リアナが剣の柄に手を置いた。
「なら、わたしたちはここでサポートする。あんたの頭が爆発しそうになったら、叩いて止めるから」
「えぇ……ありがたいやら怖いやら……」
タクヤは笑いながら、魔導核に手をかざした。
「それじゃあ――いってくるよ。黙らせるために、塔と話しに行く」
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「ここが……塔の記憶空間か」
タクヤの目の前には、無数の本棚と浮遊する光球が広がっていた。目に映るのは情報の渦。文字と映像が交差し、塔が記録してきたすべてが流れている。
(まるで巨大な図書館だ……)
そこへ、一本の光柱が現れた。塔の中枢核――人格のようなものが、タクヤの前に姿をとる。
「第七調整者、ようこそ。エルザ塔は、長らく故障状態にありました。現在の不具合は、知識基盤の断片化、及びセキュリティパラメータの混乱によるものです」
「知ってる。おまけに、おしゃべり扉がご近所迷惑なんだってさ」
「本来の運用では、問いかけ扉は学習者への試練です。しかし、基礎知識層の破損により、問いの文脈が崩壊し、出力が制御不能となっています」
「だから雷まで落ちるわけか……修復方法は?」
「あなたのスキル《補助:調整・修復》により、記録層の再構成が可能です。ただし、旧記録の断片に含まれる高密度魔力情報は、精神干渉リスクを伴います」
「つまり、記憶を壊されるかもってこと?」
「可能性はゼロではありません。しかし、あなたには――再起動の鍵としての適性があります」
タクヤは微かに眉をひそめた。
「再起動の鍵……? それって、俺がこの世界のメンテ係みたいなもんなのか?」
「現時点で開示できる情報はありません。が、この塔は、あなたによる修復を優先命令として受理しました。ご判断を」
(なるほどな……この世界、やっぱりどこか作られたものっぽい)
タクヤは目を閉じ、意を決した。
「やるよ。喋る扉を黙らせる。それが、俺の仕事だ」
塔の外では、フェリスとリアナが緊張の面持ちで待っていた。
「……もう10分以上、意識が戻らない」
「魔力の流れは安定してる。けど、塔の中枢に繋がったままじゃ……」
そのとき、塔の魔法陣が静かに輝いた。
扉が、口を開いた。
『……しずかに。ここは、眠りの時間……』
ぽつり、と呟くような声。どこか、穏やかで。
そして、静寂が訪れた。
「……喋らなくなった?」
「……成功したのかしら」
リアナが塔の入り口へ駆け寄る。そこには、目を開け、ぼんやりと立ち上がるタクヤの姿。
「おー……帰ってきたー……ような、気がするー……」
フェリスが駆け寄り、心配そうに顔を覗き込む。
「タクヤ、大丈夫?」
「うん……たぶん。ちょっとだけ、頭が本棚になった気分だけど」
タクヤは頭を振って、ぼやける思考を整える。
「塔の記録、少しだけ読んだ。もともと知識の保管装置だったのに、誰にも更新されないまま放置されて、自己修復が狂って、暴走してたんだ」
リアナが問いかける。
「それを、あんたが直したの?」
「応急処置だけどな。塔には調整者しか触れられない情報層がある。その領域を俺のスキルが解釈して、知識基盤を再構成できたみたいだ」
「調整者……ね。あんた、やっぱり普通じゃないわ」
タクヤは苦笑した。
「でも、便利屋としては正当な仕事だろ? 喋りすぎる扉を静かにさせましたって」
リアナとフェリスが顔を見合わせ、そして小さく笑う。
「そうね。確かに依頼は、扉を黙らせてだったもの」
フェリスがメモ帳を閉じる。
「じゃあ、報告しにいこう。塔は静かになりましたって」
町役人は感涙していた。
「ありがとうございます! これで夜も眠れます!」
「依頼料は、扉が再発しないよう見張ってくれる見返りでいいです」
タクヤはそう言って、そっと魔導塔の方向を振り返った。
(あれは、塔の暴走じゃなかった。ただ、話したかっただけだ)
眠りから醒めたように、静かに、そこに佇む魔導塔。もう、叫ぶことはない。
「さ、次の依頼いくか。便利屋タクヤ営業中ってことで」




