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リアナの選択

「タクヤ、あんた……代筆もやってたっけ?」


王都の貴族街、瀟洒なカフェの奥。リアナが渋い顔で、テーブルに書状の束をドンと置く。


「いや、やったことないけど……内容によるかな。これって、ラブレター?」


「依頼人は私よ」


タクヤとフェリス、バルドが同時に「は?」と声を上げる。


「まさか、本当に誰かに惚れたのか?」とバルド。


リアナは黙って紅茶を飲み干したあと、低く呟いた。


「……政略結婚の相手。王家と古い名門の婚姻による融和の証明とかいう、ありがちなやつよ」


「で、その相手に理想的な告白文を送り、円満に縁をつなげたいと?」


「違うわ。逆よ。理想が高すぎる告白文をあえて書いて、『これは自分には無理だ』って思わせたいの」


フェリスが手を叩いた。


「なるほど、それとなく断る作戦!」


「そう。こっちから断れば角が立つけど、あっちが、引く形にすれば体裁は保てる。だから、あんたに依頼。完璧すぎて現実味のない理想のラブレターを書いてちょうだい」


タクヤは腕を組んだ。


「なるほど……でもその作戦、相手が正直な人間なら通じるけど、狡猾だったら?」


「そこも見極めたいのよ。どこまで、本気で婚姻を政治に利用しようとしてるか」


バルドが眉をひそめる。


「裏に何かあるな?」


リアナは苦く笑った。


「どうもね。あの家、王国が進めてる古代兵器の再起動計画に関わってるって噂があって」


タクヤが目を細めた。


「それ、王都地下の研究施設と関係ありそうだな」


「ええ。表向きは、名門貴族同士の縁談。でも裏は、王家の監視下にある古代技術を私経由で手に入れたいって動きなの」


フェリスが小声で、「リアナって本当にただの元騎士だったの……?」とつぶやくのを、タクヤは聞こえないふりをした。




数時間後。


「――じゃあ、理想のラブレター、第一稿」


タクヤは紙を読み上げた。


「『あなたのために星を摘み、時を縫い、国を抱いて歌いましょう。心は蒸留した紅茶のように澄んで、あなたの影すら香り立つ――』」


リアナ「バカにしてんの?」


「これでもマジで書いたんだけど!?」


「紅茶のように澄むって何!? 蒸留した紅茶って味も香りも消えるのよ!?」


フェリスは笑いを堪えながらうなずいた。


「そのたとえ、文学的だけど逆に冷めるかも」


「よし、逆効果狙いでは成功か?」とバルドが楽しそうに唸る。


リアナは溜息をついた。


「……まあいいわ、これで様子を見る。問題はこれを渡すタイミングよ」


そのとき、扉が開いた。


現れたのは、黒髪をオールバックにした青年。精緻な軍服、冷ややかな瞳。


「ご機嫌よう、リアナ様。お会いできて光栄です――私は、レストール家次期当主、ジード=レストール」


彼の背後には、王家の紋章付きの随行者。


リアナは立ち上がり微笑む。


「ちょうどよかったわ。渡したいものがあるの――あなたに宛てた手紙よ」


タクヤたちの見守る中、リアナはその手紙を、まっすぐジードに差し出した。


彼は受け取り、中身を確認し、にこりと笑った。


「……これはまた、詩的で崇高なご感情だ。光栄に思います」


「どう受け止めるかは、あなた次第よ」


リアナの目は鋭く、揺るがない。


タクヤは小さく呟いた。


「これが試合開始ってわけか……」


「君の言葉は見事だ、リアナ様。けれど――」


ジードは淡々とした声で、告白文を机に置いた。


「これほど理想化された恋が現実に存在するとは思いません。しかし……理想とは、到達不能であるがゆえに人を魅了する。つまり――目指すに値する」


タクヤが「まずいな」と呟いた。


リアナの作戦は、高すぎる理想で相手を退かせることだった。しかしジードは逆に「追いかけよう」としてきた。これは――


「この理想を実現すれば、あなたは私に心を許してくださると、そう解釈してもよろしいですか?」


「……冗談でしょう?」


リアナの声には、わずかな苛立ちが混じっていた。


ジードは笑みを崩さず、頭を下げる。


「私が国のためにあなたを娶ろうとしていると疑っておられるなら、その通りです。しかしそれが不誠実だとは思いません。私は、自分の家の利益と、あなたの力、どちらも手に入れたい」


「自分で言ってて恥ずかしくないのかしら?」


「誠実とは、偽らないことです」


リアナの拳がわずかに震える。その瞬間、フェリスがそっと紙片を差し出した。


《古代兵器の起動鍵は、彼が何か握ってるかも。魔導反応あり》


リアナは読み、静かに立ち上がった。


「タクヤ。依頼追加。今から婚約者候補の実家に、理想のプレゼントを届けに行くわよ」


「……理想のプレゼントって?」


「爆発しない紅茶セット。例の爆薬ティーを改造して、香りだけで人を正直にさせるやつ、あったでしょ?」


「あれかー。あれまだ実験段階なんだけど」


リアナは笑わなかった。


「問題ない。使い道は決まってる」




レストール家は、王都の外れにある巨大な屋敷だった。見た目は瀟洒な洋館だが、敷地内には謎の塔、封鎖された地下通路、機械仕掛けの馬など、どう見ても研究施設の風情が漂う。


「バルド、例の鍛冶ギルドのルートで調べた魔導兵器の部品、この屋敷と取引してたそうよ」


「だろうな……ここの工房、昔は軍用鍛冶場だったらしい」


リアナはタクヤに視線を向けた。


「突入するわよ。招待状はないけど、客用玄関から堂々と」


タクヤは肩をすくめた。


「便利屋だからって、何でもやらされるなあ……」




突入から10分後。


レストール家・私設研究棟の一室。鎮静香付き紅茶を吸い込んだ技術者たちは、あっさり口を割った。


「鍵の核心部は、ジード様の指輪にある……」


「この家は、王家が手を出せない裏の開発機関……」


「兵器の起動コードを、調整者に読ませるつもりだった……」


タクヤの目が鋭くなる。


「やっぱり、転移者の調整スキルを使って起動させる気だったか……!」


リアナは壁を睨みつけた。


「私を政略結婚で縛って、王家を経由せず古代兵器を動かす。それがこいつらの狙い……!」


「じゃあ、ラブレター作戦は?」


リアナはほくそ笑んだ。


「失敗だったけど……新しい依頼で解決よ。相手の本音を引き出して、兵器計画を止める」


タクヤは頷いた。


「受けたよ、婚約破棄と計画潰しの合わせ技。便利屋の得意分野さ」




数日後。


ジード=レストールが王宮の庭でリアナと再会したとき、彼の手にはあのラブレターがあった。


「どうやら、君は私に拒絶の詩を書いたつもりだったようだ」


「ええ。だけどあなたの誠実さに心を動かされて、私なりの誠意を返そうと思ったの」


リアナは、あくまで優雅に、そして淡々と続けた。


「――あなたと結ばれるわけにはいかない。私は国のために、自分の意思で生きると決めたの。誰にも利用されないために」


ジードは一瞬だけ、沈黙した。


「……それでも私は君を尊敬する。だがこれ以上は追わない。レストール家は王家の計画から手を引く」


そう言って彼は立ち去った。


その背を見送りながら、リアナはつぶやく。


「やっと……決着がついたわね」


タクヤは微笑んだ。


「これが、本当の理想の告白文だったのかもね」


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