失われた街と魔道具
「うわぁあああああああああっ!? 角が……また角がァァ!」
男の叫び声とともに、石畳の道の角がぐしゃりと削り取られた。
そこを猛スピードで駆け抜けたのは、金属の亀のような物体だった。甲羅のような機体の下部に多数のローラーとブラシがあり、回転しながら地面を削り、飛び跳ねるように走り去っていく。
「……あれが自動掃除機?」
タクヤがあんぐりと口を開けて呟く。
「というか、掃除のレベル超えてない?」
リアナが顔をしかめる。
「たぶん、地面をなかったことにする掃除だな……」
バルドが慎重にハンマーを握り直す。
現場は王国北部のかつて栄えた街、〈エル・ヴァルド〉
数十年前に大規模な地盤沈下とともに放棄されたが、近年になって観光・遺産活用を目的に再調査が始まっていた。
だが、発掘作業に合わせて稼働を開始した遺構の清掃機が、突然凶暴化。いまや街の再開発どころか、建物ごと吹き飛ばされる勢いだ。
「依頼主はこの街の再建管理官だってさ。名前は……ええと、ミレイナさん?」
「ここにいますー。現地責任者のミレイナですー」
トントントン、と勢いよく階段を降りてきたのは、巻きスカート姿の女性。見た目はおっとりしているが、手にはがっちりした修理工具セットが下げられている。
「さっそく来てくださって助かりましたー。あの子、止めようとしてもセンサーを回避してどこか行っちゃって、私もうボロボロでー」
「あの子って、掃除機のことですか?」
「はいー。モデルNo.1132-Bっていう、古代の清掃魔道具なんですー……たぶん、一部の設定が壊れたせいで、世界を清掃するって誤認してるっぽくてー」
「世界を!?」とタクヤたちがそろって突っ込んだ。
現場に出る前、ミレイナの説明を聞きながら、タクヤは機体構造図を確認する。
「中に命令スロットってのがあって、それが暴走の原因になってるっぽいね……でも、構造が古すぎて詳細な仕様が不明か……」
「外から叩き壊すのは?」とバルド。
「ダメですねー。試しましたけど、自己修復機能で数秒後にはピカピカに戻っちゃってー」
「ピカピカ掃除魔道具、強すぎ問題……」
「だから、内部に潜入して、命令スロットを直接書き換えるしかないってわけか」
フェリスがそっと言う。
「でも、その内部アクセス用のハッチも、現在は封鎖されているらしい」
「じゃあ、開けるところからスタートってことか……うん、面倒くささもAランクだな」
タクヤは肩をすくめた。
エルたんの足跡をたどりながら、タクヤたちは街の中心部、元の中央広場へと向かう。
「……見て。地面が完全に磨かれてる……いや、これもう溶かされてるレベルだわ」
フェリスが魔力検知の杖を振る。
「魔力循環装置の痕跡がある。これは……自律型じゃなくて、外部魔力網を部分的に使ってる」
「つまり、この時代の標準ネットワークに無理やり繋いでるってこと?」
リアナが言った。
タクヤが目を細める。
「魔道具の暴走、最近多くないか? どれも共通して制御プログラムが正常に働いてない」
ミレイナがぽつりと口を開いた。
「……数十年前、この街の魔力循環網は国家主導で更新されたんですー。でも、それ以降、旧時代の魔道具は、ほとんど使われなくなって……」
「つまり、時代の変化に置いてかれてる魔道具が、古い命令を無理に実行してる……と」
タクヤは、かすかに息を吐く。
「よし、やろう。古い命令を、ちゃんと今の意味に変換してやる。便利屋の出番だな」
――街を救うには、エルたんの心の中に、深く潜るしかない。
「これが……内部アクセスハッチ?」
タクヤたちは、破壊をまき散らしながら一瞬だけ停止したエルたんの機体に取りついた。全体がピカピカすぎて、どこが継ぎ目かすらわからない。
「この隙に入らなきゃ!」と叫ぶフェリスが、タクヤに魔力工具を渡す。
「補助スキル接合視覚――あ、見えた。内部の構造が……」
タクヤは慎重に工具を差し入れ、数秒後、パカリと金属の扉が開いた。
「よし、俺が入る。中は狭そうだ」
「無理しないでよ」
リアナが言い、バルドはハンマーを構えたまま周囲を警戒する。
「問題が起きたら叩き壊せばいいからな」
「いや、それ、最終手段ね?」
エルたんの内部は、意外なほど静かだった。
銀色のパイプが複雑に絡み合い、魔力の粒子が、ふわふわと漂っている。中心部には命令スロットと呼ばれる結晶板があり、そこに文字のような光が刻まれていた。
《掃除目標:不純物(=人類文明)》
《清掃範囲:全域(=世界)》
「うわ……誤認がひどい……!」
タクヤはそっと手を当てる。補助スキル命令修正を展開――結晶板の制御プログラムへ接続する。
(まず掃除の定義を変更して、破壊しない清掃に……次に、不純物の再定義を……)
内部で何かがピクリと動いた。
《外部命令干渉を確認……防衛機構、起動》
「ちょっ、ヤバい……!」
機体内部に、電撃が走る。タクヤはとっさに地面に伏せ、工具をかざして魔力遮断。
「タクヤ!」
リアナの声が、遠くに聞こえた。
「大丈夫……こっちは平気。でも、エルたんが拒絶してる。プログラムを、誰にも触れさせたくないって意思みたいなものを感じる……」
ふと、タクヤは呟いた。
「エルたん……お前、置いていかれたのが、寂しかったのか?」
魔道具が応えるはずはない。でも、光が一瞬だけ揺れた気がした。
タクヤは結晶板に両手を添える。
「お前は昔の命令を守ってるだけだ。でも、もうその時代は終わったんだ。今の人たちは、お前の掃除を望んでない――だから、今の命令に書き換えよう。いまこの街で必要なことに」
彼は静かに唱えた。
「命令書き換え:《清掃目標=地表面の汚れ》《対象範囲=人類生活圏内/安全に配慮》」
……
光がすうっと落ち着く。
機体の振動が止まり、命令スロットの文字列が変化した。
《命令受理。再起動モード:やさしめ清掃バージョン1.0》
「……成功だ」
外で待っていた仲間たちの前に、静かに歩くエルたんが、戻ってくる。
「おお……今度は何も削ってないぞ……!」とバルド。
「なんか……ホウキ持ってるように見える……」
リアナが呆れた声を出した。
ミレイナが泣きそうな顔で機体をなでる。
「よかった……おかえり、エルたん……!」
数時間後、タクヤは地図を広げ、修理後の街のレイアウトを確認していた。
「ここまで削られた地面は、舗装し直しが必要だな。逆に言えば、今のインフラに合わせて整えやすくなる。これで、街の再生も本格的に進むはず」
ミレイナは深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございましたー! これで、みんながこの街に戻ってくる夢が、少しずつ現実になりそうですー!」
タクヤは笑って手を振った。
「じゃ、また困ったことがあったら呼んでください。便利屋タクヤ、いつでも営業中ですから」
フェリスがそっとつぶやいた。
「……タクヤのスキルって、ただの補助じゃない。壊さずに、直す力。きっと、それが――」
その言葉の続きを、誰も口にはしなかった。
でも、エルたんがそっと地面を拭いている姿は、確かに今を取り戻した街の象徴になっていた。




