ギルド長との交渉術
「ギルドの金庫が開かない? 魔物が住みついた? ……それって、何かの比喩?」
王都ギルドの応接室。リアナが椅子にもたれながら眉をひそめた。
「いや、比喩じゃない。あれはもう、文字通り、魔物が金庫を占拠してる状態だ」そう答えたのは、ギルド長代理のロベルトだった。人の良さそうな笑顔だが、目の奥には妙な疲れがにじんでいる。
タクヤは顎に手をあてる。
「金庫って、ただの保管庫じゃなくて、魔法で守られてるタイプですよね?」
「そう。だから困ってる。中には契約書やギルド運営に必要な中枢鍵も入ってて、放置できない。ただ……中にいる魔物が、妙に話が通じるらしくて」
「……交渉ってことか」
タクヤの目が光った。
地下金庫室。厳重な結界が張られた扉の前に、一行が集まる。ロベルトが小声で説明を続ける。
「もともと、古い魔導術で管理されてた空間でね。金庫の中には金品だけじゃなくて、過去の契約データや封印されたギルドの記録もある。そこに、突然魔物が現れて……しかも、扉の外から声をかけると、たまに返事がある」
「返事ってどんな?」
フェリスが尋ねる。
「まだ読む途中ですとか、静かにしてくれとか……図書館の住人みたいな言葉だよ」
タクヤがにやりと笑った。
「面白い。じゃあ、交渉のプロ――便利屋の出番ってわけだ」
金庫室の扉の前に座り、タクヤはゆっくりと声をかけた。
「こんにちは。俺は便利屋のタクヤ。ギルドの依頼で、話をしに来ました」
沈黙が数秒続いた後――
『うるさい。読書中だ』
リアナとフェリスがぴくっと反応するが、タクヤは動じない。
「読書中なら申し訳ない。でも、その本が、こっちにとってすごく大事なんだ。返してもらえないかな?」
『まだ、意味の整理が済んでいない。これらはただの契約ではない。構造の断層だ』
「……構造? ギルドの構造ってことか?」
『そう。かつての運営システムが、崩れかけている。私が読むことで、ようやくバランスがわかってきた』
「君は、読むために現れたのか?」
『……かもしれない』
タクヤは立ち上がり、扉に手を添える。
「君が読んでいる情報が、この世界の構造そのものだとしたら――俺にも見せてくれないか。俺は修復が得意なんだ」
しばしの沈黙。
やがて、扉がふっと開いた。
現れたのは、ぼんやりと淡く光る魔力の影。人型をしているが、実体はない。影はゆっくりと手招きした。
『ならば――共に読め。共に整えろ』
リアナが思わず息を呑む。
「この魔物普通じゃない。知性があるどころか……これは記録を読む存在だわ」
フェリスが驚いたように頷く。
「図書館の幽霊に似てる……!」
タクヤは、金庫の奥に広がる記録棚を見て、口を引き結ぶ。
「やっぱり、この世界は、ただのファンタジーじゃない。仕組みそのものに不調が出てる。ギルドの情報も例外じゃない」
そして、タクヤは一歩、魔物と共に記録の海へと踏み込んだ――
====
金庫の中は、想像以上に広かった。タクヤたちが足を踏み入れると、そこには金銀財宝ではなく、膨大な数の記録の本棚が並んでいた。まるで書庫。しかも、その多くが浮遊し、自動でページをめくっている。
「……これは、ギルドの契約の履歴……?」
リアナが目を細める。
「違う」
魔物が言う。
「これは選択の記録だ。過去のギルド長たちが、何を選び、何を捨てたか。その積み重ね」
フェリスが静かにページを覗きこむ。
「ここ、公表されてない決議記録が載ってる……この町の方針がなぜ変わったのか、裏の理由まで書いてある」
タクヤは頷いた。
「この金庫、単なるセキュリティじゃない。ギルドそのものの心臓部なんだな」
魔物は少しうなずいたように動く。
「私は情報の守人。だが、本来なら定期的に更新され、再構成されるべきだった。読まれないまま溜まり続け、ついには歪み、ここに現れた」
「……つまり、放置された情報の魂が、魔物の姿で現れたってことか」
「そう。だが、君たちは久々に読みに来た。だから、譲ってもよい」
リアナが前に出る。
「でも、これを外に出していいの? 機密も多いわよね?」
「構わぬ。読まれなければ、記録はただの負債だ。君たちが再構築するなら、それが本来の機能だ」
金庫からの帰還後。
応接室で待つロベルトに、タクヤは手渡した。魔物――守人から譲り受けた記録の一部を、まとめた要約データだ。
「ギルドがかつて何を見逃し、何を操作してきたか。これがその抜粋です」
ロベルトの表情が引き締まる。
「……これ、下手に公開すればパニックになるな」
「そう。だから全部を公開する必要はない。けど、内部での意思決定の透明性は、今後のためにも整えるべきです」
ロベルトは、重く息を吐いた。
「君はただの便利屋じゃないな。ギルドの在り方を問うなんて……」
「便利屋ですから」
タクヤは笑う。
「求められたら、金庫の交渉だってやりますよ」
帰り道。
フェリスがぼんやり空を見上げた。
「なんだか最近、情報に触れることが増えてきた気がする」
「ただの依頼を通じて、世界の内側に触れてるって感じよね」
リアナもつぶやく。
タクヤは軽く背伸びしながら笑った。
「この世界、どうやらメンテナンスの時期に入ってるみたいだ。俺たちがその整備班ってこと、なのかもな」
小さな風が吹く。
ギルドという組織の歪みに、タクヤたちは静かに手を入れた。
それは、少しずつ広がっていく修復の波の始まりでもあった――




