はじめまして、便利屋です
「――これ、便利屋の仕事か?」
畑のど真ん中で腕を組み、俺は唸っていた。
依頼主の老農夫は、顔をくしゃくしゃにして俺の隣に立っている。目の前にあるのは、どう見ても直径三メートルはある巨大な桃。桃のくせに光ってるし、浮いてるし、なんかたまに鳴ってる。
「ご覧のとおりでしてなあ、魔法の肥料を間違って使っちまいまして……こいつ、夜のうちに育って、畑が全部こいつの根っこで……」
「で、なんで浮いてるんですかこれ」
「さあ……?」
老人は首をすくめた。あっさりだ。
この世界に来て三ヶ月。俺、タクヤは、いわゆる、転移者ってやつだ。元は日本で、地味なIT系の仕事をしていた。気がついたらこの異世界に飛ばされていて、しばらく混乱した末、なぜか「便利屋」という職業に落ち着いた。
理由は簡単。「何の職業にも適性がない」と判定されたからだ。
……ただし、ひとつだけ特殊なスキルを持っていた。
《万能補助》──どんなスキルや技術であれ、補助的に最適化・安定化する能力。
これが思ったより使える。直接的な攻撃はできないが、剣技の命中率を上げたり、魔法の発動成功率を安定させたりと、支援系としてはかなり優秀だ。
さて――でかくて浮いてて鳴く桃である。
「とりあえず調べます」
俺は腰の道具袋から簡易魔力測定具を取り出す。地味だけど大事な道具。便利屋は現場主義だ。
機械の針がビンッと跳ねた。
「うわ、魔力暴走起こしかけてる……」
「爆発しますか?」
「爆発するか、歌い出すか、種を撒き散らすか……そのどれかですね」
「うぉぉぉ……!」
農夫が頭を抱える。
よし、やるしかない。俺は手のひらを桃に向けて、スキルを起動した。
「《万能補助》、対象:魔法肥料の残留効果、目的:沈静化と重力安定化、適用」
淡い光が浮かぶ。スキルが反応した証拠だ。
桃は少しずつ沈んでいき、やがてふわっと地面に着地する。そして……小さく「ぷぅ」と鳴いた。最後まで油断できないやつだった。
「……完了。あとは自然にしぼんでいくはずです」
「おお、さすがは便利屋さんじゃあ!」
「いえ、ただの補助なんで……」
そう返しながらも、正直ちょっとだけ誇らしい。
俺のスキルは、何かがなければ発揮できない。単体では弱い。でも、こうして、困っている誰かの何かに補助的に関わると、一気に威力を発揮する。
──便利屋って、案外悪くないのかもしれない。
帰り道、俺は自作の仕事記録ノートに依頼内容と結果を記録していた。
・依頼内容:巨大化した桃の撤去
・原因:誤使用の魔法肥料(保存期限切れ)
・対応:スキルによる沈静化+浮遊効果の解除
・特記事項:桃、時々鳴く(※観察継続の余地あり)
書いてて我ながらシュールだ。
「……もうちょい、まともな依頼こないかなあ」
そうつぶやいたときだった。森の入り口の小道で、背の高い何かが立ちはだかった。
「便利屋か?」
澄んだ声とともに現れたのは、一人の女性剣士だった。
まっすぐな瞳に、青銀の鎧。そして背中に背負う大剣。
「……誰?」
「リアナ・ディーゼル。王都の元騎士だ。お前を探していた」
「え、俺? なんで?」
「仕事だ。爆薬入りの紅茶セットを回収してほしい」
「……これ、便利屋の仕事か?」
思わず口から出た言葉に、リアナは小さく笑った。
「爆薬入りの紅茶セット、ですか……?」
何度聞き返しても、その言葉は変わらなかった。
目の前の女剣士──リアナ・ディーゼルは真剣な顔で頷く。
「王都からの配送中に紛失した。回収できない場合、屋敷ごと吹き飛ぶ」
「……ティータイムで?」
「いや、屋敷の防犯用らしい。敵が来たら、お茶をどうぞと渡して、飲んだ瞬間に爆発する仕組みだそうだ」
「発明者、どこの誰ですか。捕まってません?」
「紅茶爆薬協会の会長らしい」
「協会があるのかよ!」
ツッコミが追いつかない。
が、依頼内容は明確だ。危険物の回収、それも、紅茶の形をしているという厄介さ。誰が拾って飲んでもおかしくない。
「……で、なんで俺なんですか?」
「信頼できると聞いた。奇妙な依頼に慣れていて、地味に確実にこなす男がいると」
「誰情報ですかそれ……」
「盗賊団のボスが言っていた」
「え!? いつの間に広まってんの!?」
リアナは少し口元を緩めた。笑ってる……のか? 表情筋があんまり動かないけど、なんとなく感じる。
「とにかく、頼む。爆薬紅茶は全6セット。木箱に入っていて、現在は猫の屋台に、誤って納品されたらしい」
「情報がどんどんカオスに……」
でも、依頼は依頼だ。受けたからにはやるしかない。
俺はリアナとともに、猫の屋台へと向かうことになった。
猫の屋台──そこは、町外れの広場でぽつんと営業している謎の露店だった。
看板にはこう書かれている。
『ねこねこ☆しょっぷ 毎日が開店セール(気分による)』
すでに不穏である。
店主は、丸い帽子をかぶったグレーの猫だった。二足歩行、眼鏡つき、しゃべる。
「にゃんと。お客様。ご注文は?」
「お茶じゃなくて、爆薬……じゃなくて、木箱を回収に来たんだけど」
「ああ、にゃるほど。危険物取扱のやつにゃ。6箱、うちで開けてみたけど……ふにゃあ。紅茶が爆発したにゃ」
「開けたの!?」
「でも安心。1箱目で学習したにゃ。あとは売ってないにゃ」
安心していいのか悪いのか。
猫店主によると、5箱は無事だったが、1箱分の紅茶爆薬は風に乗ってどこかへ飛んでいったらしい。つまり、爆発する紅茶がどこかで誰かに拾われる可能性がある。
「にゃにゃ。そこの赤毛の魔術師が、なんか拾ってたにゃ」
猫が広場の片隅を指さす。そこには、一人の少女が紅茶カップを片手に座っていた。
金色の髪、赤いローブ、小柄でどこかふわふわした雰囲気。
「この紅茶、すごいの。飲むと胸が『きゅん』として、『ドカーン』ってなるの」
「あー! それ爆薬だ!!」
リアナが駆け出す。俺も慌ててその少女に駆け寄った。
「ちょっと、それ飲まないで!」
「え、え、でもこれ、すごく香りが良くて……」
「違う! それ、物理的に爆発するから!」
「……え? 本当に?」
少女はぽかんとした顔で紅茶を見つめ、そしてしばらく考えた後――
「じゃあ、代わりにあなたたちにあげるね」
にこりと笑って、差し出されたカップを俺は恐る恐る受け取った。
「……リアナ、どうぞ」
「なぜ私に回す!?」
その場でリアナと軽い押し付け合いが始まる。少女はくすくすと笑っていた。
「フェリス。魔導図書館の研究員……っていうか、まあ今は放浪中」
「俺はタクヤ。便利屋で、これは……紅茶処理班の一人」
「おもしろいお仕事だね。ついていっていい?」
こうして、ほんのりおかしな少女、フェリスが仲間になった(勝手に)。
屋台の猫からは、回収済みの5箱も受け取り、爆薬紅茶の回収依頼は無事完了。
夕暮れ。町の高台に座って、俺たちは並んで休んでいた。
「妙な一日だったな……」
「毎日がそうだと聞いたが?」
「誰が言ってんだ、それ……」
「……俺も旅に出る予定だった。便利屋悪くない」
リアナの横顔は、どこか吹っ切れたように見えた。彼女もまた、何かを捨ててここに来たのだろう。
「じゃあ、しばらく一緒にやってみる?」
「……いいだろう」
「ついてくー!」
ふわふわとフェリスが手を挙げる。
俺はそっと笑った。
気がつけば、便利屋タクヤの旅に、仲間が増えた。
……次はどんな依頼がくるのか、少しだけ楽しみになってきた。