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【アップ】男山教会2022年8月14日礼拝説教

初めまして、天川裕司です。

ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。

また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。

どうぞよろしくお願い致します。

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬


【アメーバブログ】

https://blog.ameba.jp/ucs/top.do


【男山教会ホームページ】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【YouTube】(不思議のパルプンテ)

https://www.youtube.com/@user-vh3fk4nl7i/videos


【ノート】

https://note.com/unique_panda3782


【カクヨム】

https://kakuyomu.jp/my/works


【YouTubeドラマにつきまして】

無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、

お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。

基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。

創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪

出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬

でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、

どうぞよろしくお願いします(^^♪




【本日のメッセージ】

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=1WIX14nb4LQ&feature=youtu.be


【ブログ】

https://ameblo.jp/yujiteiou/entry-12760026765.html

(ブログを見てくださると聖書を閲覧できます)


前奏招詞 ダニエル書9章17~19節詩 編 歌 100番(2節)開 会 祈祷主 の 祈り十戒・祈祷子ども説教子どもと親のカテキズム問93「すべての良いものの泉」こどもさんびかさあ、ともにいきよう[改122(1節)]牧 会 祈祷聖書詩編85編5~14節(旧P922)マタイによる福音書6章25~34節(新P10)説教「まことは地から正義は天から~平和の祝福にあふれる幻」宮武輝彦祈 祷讃 美 歌 217番(1節)みことばの交読文ハバクク書3章2節感謝のささげもの・祈祷頌 栄  539番祝 祷執り成しの祈祷報 告


讃美歌~♬


讃 美 歌 217番

https://www.youtube.com/watch?v=4w-hL59XFlE


1

天つ真清水ましみず流れきてあまねく

世をぞ うるおせるながく渇きし わが魂も汲みて

命に かえりけり

2

天つ真清水ましみず 飲むままに

渇きをしらぬ 身となりぬつきぬ恵みは

心のうちにいずみとなりて

湧きあふる

3

天つ真清水ましみず受けずして

罪に枯れたる ひとくさのさかえの花は

いかで咲くべきそそげ命の 真清水ましみず



2022年8月14日 礼拝説教 中心聖句


主は平和を宣言されます…正義と平和は口づけし まことは地から萌えいで 正義は天から注がれます。…正義は御前を行き 主の進まれる道を備えます。

詩編85編9~14節 


命は食べ物よりも大切で…はないか。…まず、神の国と神の義を求めなさい。…明日のことまで思い悩むな。その日の苦労は、その日だけで十分である。

マタイによる福音書6章25~34節


はじめに

世界平和の礎が、キリストの平和にあることを認め、主に立ち帰りたい。

「わたしたちの救いの神よ わたしたちのもとにお帰りください」との祈りは、捕囚の地バビロンから帰還した民が、新しい生活を始めようとした時にささげられた祈り。それは、戦禍の中から、あるいは、様々な災禍、不安、混乱の中から、再び、立ち上がる世界の諸国の人々の思いに通じる。「わたしたちのもとにお帰りください」は「わたしたちを戻してください」とも訳される。それは、回復を祈りであり、その根本には、神との正しい関係がある。しかし、罪は、神との敵対関係を生じ、それがために、原罪と現行罪の結果、人と人、国と国との関係においても、絶えず、その関係に先立って、回復が祈り求められなければならない。「平和を創り出し、遂行するピースメーカー」は、この回復を絶えず祈り求める人(マタイ5章9節)。

「わたしたちの苦悩を静めてください」との「苦悩」には、神の憤りが含意されている。「あなたはとこしえにわたしたちを怒り その怒りを代々に及ぼされるのですか。再びわたしたちに命を得させ あなたの民があなたによって喜び祝うようにしてくださらないのですか」との祈りは、解放されたなお祈り求めるべき「回復」において、神の怒りへの真剣な問いが、ここにある。この地に遣わされた、神の御子、聖なる神のしもべ、イエス・キリストの祈りは、「その畏れ敬う態度のゆえに」ではなく「その恐れのゆえに」聞きあげられた(ヘブライ5章7節)。「かれは罪人として、死に呑まれてしまわぬように祈られた。なぜなら、かれはそこでわれわれの立場を代行しておられたから」(カルヴァン)。実に、「彼が刺し貫かれたのは わたしたちの背きのため」「彼の受けた懲らしめによって わたしたちに平和が与えられ」「彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた」(イザヤ53章5節)。

「主よ、慈しみをわたしたちに示し わたしたちをお救いください」との祈りは、「わたしは神が宣言なさるのを聞きます」(新改訳:聞かせてください。主である神の仰せを)」と、主なる神の言葉を待ち望む祈りへ向かう。主の言葉は「平和」「完全な救い」。「御自分の民に、主の慈しみに生きる人々に 彼らが愚かなふるまいに戻らないように」「主を畏れる人に救いは近く 栄光はわたしたちの地にとどまる」。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た」(ヨハネ1章14節)のとおりに、わたしたいは、キリストの栄光を、罪なき御方が、罪人の人に数えられたほどに、その身を虚しくされた、謙卑の道に見る。「慈しみとまことは出会い 正義と平和は口づけし まことは地から萌えいで 正義は天から注がれ」る。ただ、主の正義が、この地に平和を生み出す。それは、人の不義による争いとその結果を覆って余りある、恵み豊かな、祝福に満ちた「幻」(主の啓示)。「主はそのよき物を出し、われらの地は産物を生じます。義は主のみ前に行き、主の歩まれるところに救いがあるでしょう」(13,14節別訳:ヴァイザー)。

おわりに

「苦悩」の底に、神の怒りがあることを認める時、キリストの祈りと平和に導かれる。キリストの謙遜と正義を祈り求める、今日、主の御声に聞き従いたい。



(Mynote)


二〇二二年八月一四日(日曜日)、今日も自宅礼拝を守らせて頂いた。この自宅礼拝を守れる環境が整えられて居る事を、神様にずっと感謝する。

(子供説教)

『子供と親のカテキズム 問93』

「全ての良いものの泉」神様は、すべての良いものの泉です。神様の子供たちに必要なすべてのものを与えて、楽しむことが出来るように祝福してくださいます。ですから、私たちは、この恵みの神様に日々寄り頼んで歩むことができるように祈り求めます。

(公同礼拝)

『詩篇』(第八五篇五〜一四節)

『マタイによる福音書』(第六章二五〜三四節)

十字架は平和の証。『詩篇』の箇所は祈りの言葉。神様に願う言葉。我々は神様に何を祈り願うのか?一節から五節までの背景がある。神様はヤコブの繁栄を回復された。あなた(神様)は全ての怒りを捨て、激しい憤りをと遠ざけられた(一〜四節)。世の中には戦争が起こっている。問題は戦争後の事。例えば二次大戦後。どんな願いを以て立ち直って行くのか?神様に救われた。洗礼も受けた。

その上で我々はどうやってその救いの道・信仰の道を歩んで行くのか?戦後の生活をどう新しいものに変えて、神様に喜ばれる人生を送って行くのか?信仰の土台はどこにあるのか?

バビロン捕囚から帰って来た民達が考えた事・悩みと一緒。神様の御心に適った祈りが出来るように。「私達をあなたのもとに返して下さい」このように祈る事が最も近道の祈り方と生活の仕方。アダムとエバの原罪が、今の世の中(人の世)に蔓延っており、それが罪の土台になって居る。この罪の土台の上に人間は置かれて居る。

そこでこそ先の祈りをし、信仰生活に立ち返る事。これが本当の救いであり回復。バビロン捕囚から解放して下さった神様。「神様、どうかあなたが私、私達を回復させて下さい」これが本当の祈り。人間的に諦める事でも、神様に祈り求める・願う事には、諦める事は一つも無い。神様が世界から必ず人を救って下さる方…と信じる事が、この世に平和を作り出す「神の子」と呼ばれる人々の行動。

そうして生活する人々が神の子と呼ばれる人達。神様が必ずこの世から人を救われると信じ続ける人達が神の子達。…でも、こう祈る事が出来ないのが現代の人間。どうしても見える物に頼る。戦争でも武器に頼る(原水爆等の核兵器)。そこで出て来る言葉は「苦悩・苦労」。これには神様の憤りがある。これは洗礼を受けた後も同じ。洗礼を受けて信仰生活に歩んでも、必ず全てのクリスチャンはこの苦悩・苦労を強いられる。この状態に成るのは人間だから。

神様を一番とせず、人間の物事・目に見える物事を第一にして、それを信仰しようとし続けるから。目に見える物は儚く、人間を裏切る。だから人間はそれに虚しさを知り、やがて怒りを覚える。人間は、怒りの感情を持つ生き物としての特徴を持つ。その怒りは欲望から来ている。だから神様に「怒りを鎮めて下さい」と人々は苦悩していた。それにより人々がまた生かされる事を喜び祝うようにして欲しい(そうはして下さらないのですか?)大きな悲しみとして戦争がある。

祈りを出発点にして居なければ出発できない。本当の回復を求める祈りが最も大事。思い悩む時、そこには神様の憤りがある。『ヘブル人への手紙』(第五章七節)を参照。イエス様は、罪が全く無い無罪の人でありながら(罪人でなかったのに拘らず)、人の世界で、その罪を負わされて苦しまれた。だから「このさかずきを去らせて下さい」とも祈れる。

だからこそ、イエス様は他の多くの罪人達の救いの源に成られた。人間にとって祈りとは、願いの方に近い?榎本先生(※)も言われたが「あれ下さい、これ下さい」と言う祈りは祈りではなく人間側の願いである。それは欲望であり、自分が罪人である事を心から吟味し、そこからお救い下さい…と願う本当の祈りではない。だからそう言う人間側の祈り(願い)をする人は「そんなに祈る事があるのか?」と言ったりもする。

このイエス様の命の源を否定する宗教が、今世の中に蔓延っている全ての邪教と成る。その根本でこのイエス様の事を否定し、それは神様の憤りそのものを否定して居る為。だから欲望に満ちた行動(金を掻き集める等)も普通に出来、それを肯定する迄に成る。この神様の憤りについて本気で考える事が大事である。神様とイエス様の義がある所に救いが在る。


【日本キリスト改革派 男山教会】https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【最寄りの教会検索用】https://www.rcj.gr.jp/



Table Caffe〜


榎本保郎牧師 ミニ説教19 「イエス・キリストを身近に」https://www.youtube.com/watch?v=MCyjy8BuIIw


「私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは」https://www.youtube.com/watch?v=lbm8N7ZZRMY


スペシャルWEB配信 無観客ライフ・ライン、世の光のつどいhttps://www.youtube.com/watch?v=WtWo_wXvLAI


ハーベスト・タイム・ミニストリーズhttps://www.youtube.com/@HarvestTimeMin


不思議のパルプンテhttps://www.youtube.com/@不思議のパルプンテ/videos(お暇な時にぜひどうぞ)

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬

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