7 王都から来た青年(1)
食料と日用品を買って家へ戻ると、部屋が異様に綺麗になっていた。
レイナージュは掃除をしてくれたケイラムにお礼を言い、それから石鹸を手渡した。
「うちにはお風呂がなくて、お湯を沸かして桶に溜めてから体を拭くの。今からお湯を沸かすから、傷口に染みないように体を洗って」
奮発して王都で流行っているというふんわりしたタオルも買ってきた。レイナージュの家にはタオルのような高級品はない。ただの布で体を拭くだけだ。
「それなら君が風呂に入れるようにしよう」
「え?」
ケイラムの提案にレイナージュは意味を理解していない瞳で彼を見つめる。
「俺には魔力があるから、風呂を作るのも簡単だと言う話だよ」
「?」
魔力というものを理解していないらしいレイナージュに笑ってみせ、彼は手元に水を呼び起こす。するとレイナージュの瞳がはち切れんばかりに大きくなって驚いている。
「お湯を貯める浴槽を作るところから始めないとな。どこに風呂が欲しい?」
「えっと、いつもは外で髪を洗ったりしていたから、外?」
「却下だ」
彼女の答えを聞いて怒ったようにケイラムが即答する。
「いつも外で湯浴みしていた?冗談じゃないぞ。覗かれるだろう」
「そんなことないわ。心配性ね」
「笑い事じゃない。君は自分のことを分かっていないようだな。その美しい姿で外で湯浴みなんかしてみろ。男どもが群がって覗くだろう。いいか、今後一切外で裸になるなよ」
強い口調で言ったケイラムにレイナージュが唖然として言葉を失う。だがすぐに我に返ると反論しようと口を開く。
「裸になんてならないもの。ちゃんとシュミーズを着てやっているわよ?」
「ほとんど裸じゃないか」
そう言われてしまっては言葉もない。
そんなに常識はずれのことをしていたのかと今更ながら恥ずかしく思うが、王都と違って田舎なのだから仕方ないだろうとも思うレイナージュだ。
「それじゃ、部屋を増設するか」
簡単に言ってのけ、彼はキッチンと貯蔵庫の奥に足を向ける。
レイナージュが固唾を飲んで見ていると、彼は何事かを唱え、手に光を集めた。青銀色の髪がふわりと風を受けたように揺れている。
「汝契約者の意思を遂行し、その力を行使せよ」
彼の言葉が終わると音もなく壁に扉が現れ、魔法陣のようなものが吸収されていく。
光が消えると彼が振り返った。
「森からいくつか木と石材をもらった。簡素なものだが、出来上がりを見てくれないか」
彼の言葉に頷いてレイナージュは扉を開けてみる。
すると石畳のような床に彼女の体がすっぽり入りそうな大きな桶、これは湯船と言うらしい、が目に入る。それと天井に近い壁にジョウロのようなものが付いている。ここからお湯が出て体を流せるらしい。
彼女は感動してケイラムにお礼を言った。
「ねえ、このお湯はどこから出てくるの?」
「魔法で呼び出している。それに排水を綺麗にして循環するようになっている」
「凄いのね。魔法って初めて見たわ」
「君のお婆さんも使っていたようだが?」
「え?」
レイナージュが意外なことを言われたというふうに目を丸くしている。
「薬を作るときに使っていたようだが、知らないか」
「あ、薬を作るときは覗いたらダメだって言われていたから見たことないの」
「そうだったのか」
魔法を使える人間はそう多くない。王都にいても普通に生活していたら目にする機会は少ない。それがこの田舎では見たこともないのは当然だと彼は思った。だが、あの日記を見た彼は知っている。彼女を育てた人物は魔女だ。王都からレイナージュを連れてここへ来て、そして町に馴染むように暮らしていた。