5 ある日の拾い物(4)
「ところで、君の名は何と言う」
「私?私はレイナージュ。みんなはレイナって呼ぶから、あなたもそうして」
「レイナか。俺はケイラム。そうだな、ケイって親しい者は呼ぶが、呼ばれ慣れないかな」
「慣れない?あ、そうか。あなたは貴族なのね。様付きで呼ばれる人だからか」
妙に勘の良いレイナージュに彼は苦笑した。
「そうだ。でも君はケイと呼べ。俺の恩人だからな」
「ふふ、ケイね。あなたは王都から来たのね。王都へは早馬でも半月はかかるのに、そんな遠いところから来たなんて」
彼のボロボロの上着を指さしてレイナージュは言った。ちゃんとハンガーにかけてあるが、あまりのボロボロ具合に直すこともできない。だが、その襟元に紋章の入った刺繍が刺してあるのを彼女は見つけたのだ。それはこの国の国民ならば誰もが知っている王家の紋章だ。そんな大それたものを身につけられるのは騎士という職業柄なのだろうと彼女は思っている。そして騎士は貴族にしかなれない職業だ。
「そうだな。遠い道のりだ」
ケイラムはここではないどこかを見る目つきになった。
「ああ、困ったわね」
レイナージュの声に彼が我に返ったように彼女を見つめる。彼女は彼をじっと見つめていた。
「どうした?」
「服がないのよ。町へ買いに行ってもいいけど、あなたの存在は秘密にしておいた方がいいのよね?狙われて大怪我するくらいだものね。どうしようかな」
考え顔のレイナージュがパッと閃いた顔になる。
「アンドレのお下がりをもらってくるわ。新品は無理だけど、体格的にはピッタリだと思う」
「アンドレ?」
「私の恋人よ。今は王都へ行ってしまっていないけど、隠れ家に服があるって言ってたの。待ってて取ってくるから」
「ちょっと待て。君の恋人の隠れ家の服を俺が着る?」
「あ、駄目?嫌ならちゃんとした服を買ってくるわ」
レイナージュの言葉にケイラムは耐えるような表情で口を開く。
「いや、小さな村で若い娘が男の服を買うのはマズイってことくらい俺にも想像できる。君の恋人のお下がりでいい」
「ごめんね」
レイナージュは小さく謝って、すぐに家を出て行く。彼女の背後から盛大なため息が聞こえたことは言うまでもない。
しばらくして若者の服を手にしたレイナージュが戻ってくる。
ケイラムと言えば、キッチンに立って料理をしていた。腰にシーツを巻きつけただけの男が料理をしている姿にレイナージュの目が点になっている。しかも妙に逞しい体つきに感心してしまう。
「おかえり。勝手に食材を拝借した」
「ええ。とてもいい匂いがするわ」
「料理は得意なんだ。野営でしか料理はしたことないがな」
ケイラムは笑ってレイナージュの差し出した服を着る。
アンドレの服はケイラムには少し手足の丈が短いが、大柄なアンドレの服を難なく着こなすケイラムにレイナージュの目が輝く。
「アンドレは町で一番大きいのよ?それに人気者なの。明るくって優しくって、みんなが彼を好きになるのよ」
自慢のように言ったレイナージュに片眉を上げて反応しただけでケイラムは何も言わない。
二人で食卓を準備して、ケイラムの用意してくれたスープとサラダ、そして玉子料理にヨハンのくれたパンで朝食にする。陽はだいぶ高いから、もう昼ご飯になってしまうのだが。
「隠れ家っていうのはそいつが作ったのか」
食べながらケイラムが問う。
「うん。うちは森の入り口でしょ?その奥に狩用の小屋を作るって言って、小さな小屋を作ったの。隠れ家って呼んでたけど、別に寝泊まりする訳じゃないのよ。狩りで汚れた服を着替えたり、雨が降った時に雨宿りしたり。あまり使っていなかったけど、うちに近いから」
「そうか。それでその男は今王都にいると?」
「うん。アンドレのお母さんが元々貴族の出なの。子爵っていうの?私、あんまり詳しくないから分からないんだけど、そのお母さんのお兄さんには娘しかいなくて、アンドレが養子に入って、騎士見習いになることになったの。この前の手紙で騎士に昇進したって書いてたから、後継者として頑張っているのね。本当に愛嬌のある性格で、見た目も格好いいから、きっと王都でも人気者だと思うの。それが少し心配なんだけどね、でも素晴らしい人が才能を認められて昇進していくのは素敵なことよ」
誇らしげに言うレイナージュに、ふうん、と呟いてケイラムはパンをちぎって口に入れている。
貴族だけあって食べ方が優美だ。
レイナージュは感心してケイラムの動作を見ている。