4 ある日の拾い物(3)
額に乗せられた手の温もりにレイナージュは満たされた気持ちで目を開けた。
「は?」
目が点になっているレイナージュに微笑みかける迫力のある青銀色の輝く美貌。
ガバッと起き上がると、レイナージュは半裸の、いやほぼ裸の青年の隣に寝かされている。狭い寝台に二人、抱き合うよう眠っていたらしい。
アンドレでも遠く及ばない鍛えられた体はそれだけで武器になるようにレイナージュには思えた。
シーツにはいつの間にか食卓用の大きな布が被せられ、彼の血のシミが見えないようにしてある。
「お姫様のお目覚めを心待ちにしていたよ」
良い声に囁きかけられ、これは夢だと理解したレイナージュは微笑んだ。
「元気になって良かった」
「ああ。君が助けてくれたから生き延びられた。感謝しても感謝しきれない」
「気にしないで。おばあちゃんの残してくれた薬があって良かった」
彼女の言葉に彼は頷いた。
青銀色の澄んだ瞳が彼女を映す。
彼は大きな手でレイナージュの頬に包むようにして触れてきた。
「今は何も返せないが、いつか必ずこの恩は返す」
「だから気にしないでって」
「騎士は恩は忘れないものだ。それと頼みがある」
「頼み?」
「ああ。俺はハメられて襲われたんだ。だからしばらく匿って欲しい。王都の状況が分かるまでここにいさせて欲しい。もちろん、働く。君の生活を手伝う」
「別にお願いされなくても、ここにいればいいし、働かなくても大丈夫だけど。大怪我したんだもの、しばらく安静にしていてね」
レイナージュは寝台から降りて伸びをした。
夢にしては窓からの光が眩しい。
「それから、君の、この服を弁償しないとな」
切り裂いたネグリジェをチラつかせて、彼はニヤリと微笑む。
「もう少し育つように俺が指導してもいいが?」
「育つって何が」
変なことを言う男だと思いながら、レイナージュは扉をノックする音に意識を取られる。
「レイナージュ?」
ヨハンの声だ。
彼女はやっと気がついた。これは夢ではない。
彼女は慌てて扉の前に立つ。だが開けるわけにはいかない。見知らぬ青年が自分の寝台に裸も同然で寝ているのだから。
「……ヨハンさん、どうしました?ちょっと体調が悪くて扉を開けられないんです。このままですみません」
レイナージュの声にヨハンは「そうだよな、婆さんが死んだとこだもんな」と小声で言っているのが聞こえた。
「様子を見に来ただけなんだ。ここにパンとワインを置いておくよ。元気になったら食べな」
「ありがとう」
「それじゃ、また様子を見にくるよ」
そう言って彼は去っていった。
「今のは?」
青年がシーツを腰に巻き付けて立ち上がりながら聞いてくる。
「町に住んでるヨハンさん。おばあちゃんの薬を買ってくれているお店の人」
「そうか。それで、そのおばあちゃんは?」
彼の問いにレイナージュが俯く。
彼が側にやってくる。
「昨日、亡くなったの」
「……そうか」
彼は黙ってレイナージュを抱き寄せた。彼の胸に頭を押し当てられ、少し驚いたものの、彼の温かさにホッとする。
「人はあっけなく死ぬ。だが、その存在を覚えている者がいれば報われるのではないか?」
「報われる?」
「ああ。俺は神は信じないが、人は信じる。まあ、裏切られてこんな事態に陥った男の言葉など信じられないかもしれないが、人の心は脆いと言われているが案外強い。だからこそ、覚えていてあげれば、死んだ者も浮かばれると思う」
騎士、と言っていた彼の言葉はどこか重く、レイナージュが完全には理解できないが、育ての親を亡くした彼女の心に染み込む優しさに満ちている。
「うん。励ましてくれてありがとう」
「礼を言われるほどのことではないが、君の心が元気になってくれれば嬉しい」
彼がふんわり微笑む。それはまるで神の使者のような神々しさだ。レイナージュはベイカが彼女のために彼を遣わしてくれたのではないかとさえ思った。