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38 お茶会は波乱に満ちて(1)

 サラサラと穏やかな水音が聞こえてくる。

 同じサイズの石を固めて人工的に作られた小川は中庭の中央を流れていき、その大元には豪奢な意匠の噴水がある。

 そこかしこに咲き乱れる花々はよく見ると実に良く計算されて植えられたものだということが分かる。奥にある豪奢な東屋へ続く石畳の小道は幻想的な世界へ続いていく入り口のように思える。

 秘められた美しい庭。そんな印象の王宮の庭園の主は何代か前の王の姉、アレクシア王女のものだった。彼女は後にスワレン公爵夫人となり女傑を生み出すこととなる。その関係か、王宮に部屋を持つことを許されているスワレン公爵家の女主人マーガレットが秘密の庭の現在の持ち主である。

 王宮内において王族と言えど不可侵の領域があるとすれば、スワレン公爵の領分である。その独立した権力は他の追随を許さないばかりか、国の為、民の為の独自路線を貫く姿勢のお陰で内外の信頼が厚く、王家も手を出せない一族となっている。そんなスワレンの名を戴く女傑マーガレットは東屋で客人の到着を待っている。

 白と見紛う薄水色のふわりとしたワンピースにレーズを施した繊細な靴、瑞々しい美しさを閉じ込めた美貌は若々しく、年齢不詳と言われる所以である。

 森の深淵に存在するというアクアマリンの色を宿す泉に讃えられる薄水色の髪と瞳が期待に満ちた色をもって庭園の入り口に現れた来訪者に注がれる。騎士に案内されて落ち着かない様子で彼女はマーガレットの前に完璧なお辞儀をして見せる。

 ああ、似ている。

 マーガレットはかつての親友の姿を彼女の中に見つける。

 今はなきガレスパン王国の生き残り、レイナージュ・ファデラル・イストアリ・ガレスパン。賢王と呼ばれた父と女神の愛子と名高い美貌の王妃を母に持つ紛れもない高貴な血を持つ唯一無二の存在。

 青銀色をそこかしこに散らした控えめなデザインのドレスが良く似合っている。自分のものだと主張してくる青年の顔を思い浮かべてマーガレットは内心笑みをこぼす。

「初めまして、レイナージュです。ファミリーネームはありません」

 恥ずかしげな様子が初々しい。常に堂々として気に入らなかったレイナージュの父であるガレスパン王を思い浮かべ、彼女とは大きく違うことになぜか安堵する。本来なら堂々としていた方がいいのだろうけれど、と考えながらマーガレットは微笑みを浮かべる。

「マーガレットよ。ここでは煩わしい礼儀作法などなくて構わないわ。楽しんでちょうだい」

「お気遣い、ありがとうございます」

 生粋の令嬢ならばもって回った言い方をしただろうが、レイナージュは素直に言葉を発するようだ。それが全然不快に思えない。むしろ好感を抱くのだから不思議だとマーガレットは知らず愛しむような瞳で彼女を見つめる。

「あ、それからね」

 マーガレットは少し首を傾けて彼女を見つめる。その姿がレイナージュに寂しそうだと思わせたとはマーガレットは露ほども分からなかったのだが。

「あなたのファミリーネームはちゃんとあるのよ。無いなんて今後は言わないで頂戴ね」

「……はい」

 不思議そうなレイナージュにもう一度微笑んでみせ、マーガレットは彼女を席に案内する。侍従が彼女の椅子をひき、侍女がこの日の為に取り寄せた茶葉で淹れた新緑色の茶をカップに注ぐ。

「素敵。綺麗な色ですね」

 レイナージュがカップを覗き込んで言う。あまりの可憐さに心を打ち抜かれたマーガレットが動悸を鎮めながら頷く。心の中では自分の茶葉の選択にガッツポーズである。

「まずは何も淹れないで召し上がってみて。それからお好みで砂糖や蜂蜜を入れるといいわ。お茶もお菓子も、お代わりがたくさんあるから遠慮しないで召し上がってね」

「はい。ありがとうございます」

 ニコニコ。

 もはや心臓がもたない。

 マーガレットの鉄壁の表情筋は優雅に微笑むマダムを演じているが、レイナージュの得体の知れない可愛らしさの前に白旗を大いに振りながら敗北宣言をしてしまう。

 これはあのケイラムが堕ちたのも分かる。

 マーガレットはかろうじて冷静になると、茶を飲むふりをしてレイナージュの一挙一動を観察する。

 優雅な所作は彼女を守り育てた魔女ベイカの教育の賜物だろう。庶民として育ったと聞くが、他の令嬢と比べても見劣りしないばかりか、逆にそれ以上だ。取り繕わない自然体の華があって気品に満ちている。そんな稀有な存在をマーガレットは未だかつて見たことがない。生まれながらの貴族の令嬢たちに庶民育ちの彼女は余裕で勝っているのだ。

 これはケイラムにやるのは勿体無いのでは。

 マーガレットの頭に思い描かれる構想図は数秒で打ち消される。ケイラムの話題になって、頬を染めて嬉しそうな表情をするレイナージュの心を壊すわけにはいかない。それに。

 古の魔法が成立している。ケイラムの婚約者として彼女はもう契約済みだ。おいそれと手出しできないのである。

「残念ね」

 思わず声に出てしまい、レイナージュのきょとんとした顔に苦笑する。

「あなたがあんまりにも可愛いものだから、私の元に引き留めて置けないかと考えていたのよ」

 王宮の誰もが聞いて驚くような本音をポロリと漏らして、マーガレットはハッと気を引き締める。何者かの見知らぬ気配が彼女の縄張りに入ってきたのだ。魔力を満たして周辺を探る。その様子にレイナージュは立ち上がり、辺りを警戒するようにしていつでもマーガレットの盾になれるようにしている。

 レイナージュに先ほどまでの春の日差しのような柔らかい印象は今はない。

 堂々としていて、力強い。親友を奪ったあの男と同じ覇者の風格。顔まで同じに見えるのはどうしてなのか。

 惚れ惚れするような、悔しいような、そんな複雑な気持ちでいるマーガレットは放たれた小さな暗器を魔法で撃ち落とす。

 潜んでいる敵を見つけた。拘束魔法と転送で公爵家の牢屋に瞬時に送る。

 女傑を敵に回す命知らずに相応しい拷問をプレゼントしなければ、ね。

 マーガレットは笑みを深め、レイナージュの肩を優しく抱いた。

「あなたは勇敢な乙女ね。でも安心して。ここでは私が支配者。あなたを危険に晒すような真似はさせないわ。それに、あなたの婚約者も優秀な護衛をあなたに付けているから何も心配することはないの」

 マーガレットの言葉に揺れているレイナージュの瞳から緊張が抜け、柔らかさを取り戻す。

「仕切り直しね。お茶を入れ直してもらいましょ」

 マーガレットがレイナージュを席に促し、お茶会が再開される。



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