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31・王都へ道のり(9) 

 前方にキラキラした光を反射する湖が見えてくる。

 うわぁ、と口から感嘆詞を漏らしながらレイナージュが湖に負けず劣らずキラキラした瞳をして、初めて見る湖を見つめている。

「ケイったら、湖は水たまりのようなものだって言うのだもの。危うく嘘を信じるところだったわね」

 木々の合間から見える湖畔は不思議な命の輝きに満ちている。

「嘘は言っていないと思うが。レイナ、この先で少し休憩しようか」

 ケイラムが言い、窓の外へ合図を送る。

 朝から飛ばし気味で移動してきたお陰で距離は進んでいるようだ。レイナージュはホッと息をついて穏やかな水面を眺める。さすがに初めての長距離移動に疲れてきているのが自分でも分かる。弱音を吐かないように気をつけているが、そんなこともケイラムにはお見通しらしい。あれこれ世話を焼かれているのが申し訳ないものの、自分を一番に想ってくれる彼の存在を欲してしまうのを止められない。

 その大きな手で髪に触って、頬に触れて、そして青銀色の瞳をよそ見することなく自分に向けていて欲しい。

 そんな願望が生まれてしまっていることを彼に悟られたくないと思いつつ、けれど知っていて欲しいとも思う。その矛盾への戸惑いを彼女はどうしていいのか分からない。

 馬車が止まって外へ出る。眩しい日差しに目を細め、辺りを見回す。湖以外は変わったところはない。森の中の開けた場所だからか視界も良い。ケイラムはヨハンたちと話をしている。

 レイナージュは鳥の声に耳を澄ませ、ふらふらと歩いていると湖の突き出した岩場に出る。そこに腰掛けて靴下を脱ぎ、辺りを見回して誰も見ていないことを確認するとスカートの裾を捲り上げ、思い切って足を湖に突っ込む。

「気持ち良いぃ」

 レイナージュの言葉にプッと笑い出す声が聞こえて彼女は慌てて周囲を見回す。

「アンドレ」

 知っている顔だと分かってレイナージュがホッと息をつく。

「足が痛むのか?」

 アンドレの言葉にレイナージュは首を横に振り、チャプチャプと音を立てて足で水面を揺らす。

 アンドレが隣に並ぶと幼い頃に一緒に川で遊んだ記憶が思い浮かぶ。

「湖って大きいね」

「ああ。川みたいに流れてはいないのに波がある。不思議だよな」

 アンドレは子供のようにあどけない表情でレイナージュの作り出す波に揺れる水面を見つめている。

「そう言えば、アンドレ」

「ん?」

「私、誰にも言わないから安心して。アンドレが心配するようなことしないから」

「は?」

 アンドレが何を言い出すんだと言う顔でレイナージュを見る。

「だから、今の恋人に私が元カノだって言わないって言ってるの。それを心配して睨んできてたんでしょ?」

「何言って……ああ、やっぱり誤解してたか」

 盛大なため息をつかれてレイナージュはきょとんとしている。

「そんなことを考えていたんじゃないから安心しろよ。俺は君がいきなり公爵閣下の婚約者になったことに驚いていただけだ」

 驚くと言うよりも、怒っているように見えたが。

 レイナージュは余計なことを言わずに疑りの眼差しで彼を見る。

「そうなの?」

「ああ。そう言えば、レイナ。君、話があるんじゃなかったっけ?手紙に書いてただろ」

「ああ、それはあなたを殴ろうと思って」

「え?」

「だって、アンドレ、嘘つくんだもの」

 レイナージュは大きく足をバタバタさせて水飛沫をアンドレに飛ばす。

「嘘なんて」

 アンドレは言いかけて止める。

 自分が悪いとは思っているらしい。レイナージュはそれで満足するわけじゃなかったが、もうそれもどうでもいい事のように思えてくる。

「本当はね、アンドレから、恋人ができたから別れて欲しいってちゃんと言って欲しかったのよ。でもアンドレは言わなかったでしょ。それって私に対して凄く失礼な事だと思ったし、許せなかった。でも今は、なんていうか、私も愛してくれる人がいて幸せだし、許す許せないよりも、もういいかなって思う」

 それはアンドレに興味がなくなったと言うことでもあるのかもしれない。

 彼はグッと喉に何か詰まったような表情でおし黙る。

 レイナージュは足を止めて、ゆったり迫り来る波に揺れる自分の足を見る。


 

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