26 王都への道のり(4)
真っ暗な闇夜に浮かぶ銀色の光に誘われて彼女は歩き出す。
ふわふわと浮いているような感覚に不思議さを覚えるが、早く、と急かすように銀色の光が彼女の行き道を照らす。
ふわふわと、まるで手を引かれるように光が彼女を誘う。
どこへ行くのだろう。
闇夜は続いている。
ふ、と目を開けてレイナージュは自分が眠っていたことを知る。いつの間にか寝かされていた席の対面でケイラムが魔法を使って出したと思われる透明で薄ぼんやり光る書類を真剣な様子で読んでいる。
外は暗く、夜営をせずに進んでいることが分かる。月明かりが昼間のように明るく地面を照らしているから前進することを優先したのだろう。
邪魔してはいけない、そう思ってレイナージュは身じろぎせずに彼を盗み見る。
青銀色の瞳が字を追って行き来しているのがいつもの様子と違って別人に見える。これが彼の仕事姿なのかと思うと、何だかドキドキしてくる。そして気がつくのだ。町にいた時のケイラムはきっとお城で誰にも見せたことのない姿だったのだと。
つ、と瞳が動いてケイラムがレイナージュを見た。それと同時に書類が消える。
「起きた?」
「うん。ケイラムは眠らなかったんだね」
レイナージュが起き上がるとケイラムが隣に移動してくる。
「まあ、そうだな。王都へ戻ると思うと気が立って眠れないと言うこともある」
「眠れない?」
「ああ。王都は魔物の巣窟だ。いつも気を張っていないといけない。こんなことを言っては怖がらせるかも知れないが死はいつも側にある」
しんみりと言ったケイラムにレイナージュはどう言っていいか分からない。死が側にある日常とはどう言うものか。獣や自然の脅威とは違う身の危険など彼女には程遠いものだったから。
「俺が必ず君を守るから」
隣へ移動してきてケイラムが言う。その逞しい胸の中に閉じ込められて、レイナージュは彼の背中を優しく撫でる。
「私もあなたを守るから安心して」
「それは心強いな」
「そうでしょ。ねえ、ケイラム、一つ聞いてもいい?」
レイナージュは青銀色の瞳を見上げる。吸い込まれそうな空がそこにあるのだと感じる。
「初めてあなたを見つけたとき、あなたは酷い怪我をしていた。命を失うかもしれないくらい。ああいうことは、何度もあったの?」
「いいや。俺はそれなりに腕は立つし、魔力も並み以上にあるからあそこまで大怪我することはなかった。あれは不運が重なった上に用意周到な罠に嵌められたせいだ」
自らの行動を思い起こしているような表情で彼は答えた。
「あんな大怪我を何度もされたら、流石に私も王都へ帰るあなたを引き止めないとと思っていたのだけど」
「確かに王都には死の危険はあるが、それ以上に大事なものがあるんだ」
「大事なもの?」
ケイラムの穏やかな微笑みにレイナージュはドキドキと彼の言葉の続きを待つ。
「まだ話していなかったな。俺には契約しているホワイトドラゴンがいる」
「ドラゴン!リハイムのようなものよね」
まさかの希少種にレイナージュは目を大きくしている。
「リハイムはまだ若いドラゴンだから俺のドラゴンとは少し違うかもしれないな。古のドラゴンであるホワイトドラゴンは滅多なことでは人と契約しないが、俺が生まれたと同時に王都へ現れて俺の前に頭を垂れたらしい。すごい騒動だったと聞いている。そんなこともあって俺を王にと望む声も強かったらしい。今は継承権を放棄しているから表立ってそんなことを言う輩もいないが、そのせいで未だに王位に近いものとして命を狙われている。だが、ドラゴンに罪はない。それどころか、彼は俺の親友なんだ」
ケイラムが心から信頼している様子が伝わってくる。
「私も彼に会ってみたいわ。気に入ってもらええるかしら」
「もちろん。あいつは君を気にいるし、側を離れなくなるかもしれないな。ただ……」
ケイラムは言葉を切って、切なそうにレイナージュを見つめる。
「ただ?」
「あいつは今、病気なんだ。元々長寿であるドラゴンの中でも最長老くらいに年寄りらしい。だんだん元気が無くなってきて二年前から巣でゆっくり過ごすことが多かったんだ。だからドラゴンの加護も使いたくなくて大怪我を負った」
「加護を使う?」
「ああ。ドラゴンは契約者に加護を与える。それこそ、どんな攻撃も跳ね返すし、呪いだって跳ね返す。リハイムと君の契約もそうだよ。ただリハイムは若いから、俺のトリューシャほど強力な加護は与えられないだろうが」
「ドラゴンって色々凄かったのね」
「まあ、詳細な生態はまだ分かっていないから能力に関しては未知の領域と言える。ドラゴン自身も語らないしね」
「あー、確かに独特の性格しているものね」
リハイムを思い出して言うとケイラムは笑った。
「種族が違うのだから当たり前なのかもしれないが、時々反応に困ることをされるな」
「そうそう大蛇を獲ってきて召使にするって言った時は止めたけど」
「リハイムのやりそうなことだな」
ケイラムが笑った。
そのケイラムの笑顔が一瞬で鋭い顔つきに変わった。そして馬車が止まり外から扉をノックされる。見るとヨハンが返事を待っている。
「魔物か」
ケイラムが窓を開けて問う。ヨハンが頷いて小声でケイラムに何か報告をしている。そして考えるように何かを答え、ケイラムは窓を閉めた。
「レイナ、この先に魔物が現れたそうだ。この気配からすると大型の、それも討伐が困難なタイプのものだ。しかし我らがガルスパンの騎士たちは勇敢で有能だから心配はない。そう言うことでしばらくここで待機することになったよ」
ケイラムは絶対王者の笑みを浮かべている。
こんなカオは見たことない。
素直に格好良いと思うし、ゾクゾクする魅力が会って、そんなところも素敵で。
レイナージュは彼のことをまだまだ知らないのだと実感した。それでも分かっていることはある。
「ケイ。あなた、行きたいんでしょ」
「まさか、君の側を離れるなんて愚は犯さない」
ケイラムのさも当然だろうという表情を両手で優しく包み込んでほぐす。
「肩慣らし、したいのよね?」
「……どうして分かったんだ」
「うずうずしている感じがするもの。それに、おもちゃを取り上げられた子供みたいな雰囲気が出てるし」
「参ったな」
他の誰にも悟られたことのない己の感情を見破られて、ケイラムが苦笑した。
「でもこれでいいんだよ。彼らの実力を知りたかったし、俺が出るほどの魔物でもないだろう。とにかく、俺はレイナのそばにいるから」
反対意見は受け付けない、といった様子でケイラムはレイナージュの額にキスをした。




