21 王都への報告書(1)
二人が明るい光に包まれると周りの人々から感嘆の声が漏れる。
「祝福だ。女神の、祝福だ」
町長がポツリと漏らした言葉にレイナージュは不思議そうに首を傾げる。
光は複雑な紋様を描きながら大小様々な輪になり何重にも重なっていく。その様は美しいと言うだけではなく、荘厳なる神の意思を感じさせる。
「レイナージュ」
ケイラムの柔らかい声に呼ばれてレイナージュは彼を見上げる。
美しい青銀色の瞳が黄金の光に照らされて不思議な色合いに染まっている。
「女神に感謝せねば。君を妻と呼べる幸運をお与え下さった。君とその偉大なる女神に誓おう。私は君を永遠に愛すると」
まるで結婚の誓いのようだ。レイナージュは頬を染めながらも、ちゃんとケイラムの青銀色の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「私も、あなたを生涯愛すると誓うわ」
彼を生涯支えることはレイナージュにとって最高の生き方だと思える。
光が煌めき、スッとお互いの胸の中に吸収されていくように閉じていった。
「婚約の儀は滞りなく完了しました」
いつの間に現れたのか、フードを被った青年が近くに来て宣言した。
「スノーザン、王城での任務はどうしたんだ」
ケイラムが驚くこともなく青年を射るように見つめて言うが、彼は呑気に微笑んでいる。
「まさか、この目で女神の祝福を見ることができるとは。殿下、良いお嫁さんを見つけられましたね」
「それは事実だが、貴様はここにいるべき人間ではないはず。私の剣の餌食になりたいのならば今すぐここで成敗してくれよう」
妙な殺気にレイナージュがケイラムの腕を引くと彼はレイナージュには美しいだけの笑みを浮かべて見せ、次の瞬間には鬼神の如き迫力ある笑顔を青年、スノーザンに向けた。
「いやだなあ、殿下。殿下の大事な婚約の儀を俺が執り行わないなんて有り得ないでしょ。それに殿下のいない王城なんてつまんないし、まして王太子の相手なんて俺は死んでも嫌です」
「つまりは私の剣で命を絶たれたいわけだな?」
「まあまあ、落ち着いてください。俺もただ抜け出してきた訳じゃないんで」
のらりくらりとケイラムの怒りの矛先をかわしているようで逆に火に油を注いでいるようなスノーザンの様子に、訳がわからないままでもレイナージュは助太刀した方が良さそうだと判断した。
「ケイ、私にその方を紹介してくれるかしら。あなたにとって大事な人のようだし」
「そうでしょうとも。さすがはお嫁様。俺はスノーザン・レパート。殿下の右腕であり、世界一の魔術師と名高いリュキュエの魔術師とは俺のことです」
えっへん。
この態度にケイラムの額に青筋が入るが、レイナージュが背中を撫でて収めていると落ち着いたようだ。
「スノーザン、せっかく来たのだから転移魔法で王都まで送ってくれ。誰にも気づかれずに王都入りしたい」
「ですよねー。すみません、俺、自分の転移魔法しかできないみたいで」
「何だと?」
いつもより低い声でケイラムがスノーザンに氷点下の目を向けながら言った。
「魔法に干渉がかかっているんです。敵もあっぱれですね」
陽気に言った自称世界一の魔術師は剣技も迫力も本物の王族に斬られそうになりながら、満面の笑みでフードを被り直す。
「殿下、そういうことですので、どうか無事にゆっくり王都へ戻ってきてください。俺は王都での使命を果たしますから」
語尾を言い終わらないうちに彼は消えてしまう。
「嵐のような人でしたね」
レイナージュが呆気に取られて言うと、ケイラムは一つため息をついて、彼女の頬を優しく撫でた。
「あいつは少し調教が必要だな」
「まあ」
ケイラムならドラゴンを調教するように人間も調教してしまいそうだと彼女は思う。
「さて、婚約の儀も終えられましたので、早速王都へ旅立つご準備をしませんと」
町長がそそくさと民衆に指示を出している。
「殿下の敵にはどこまで情報が漏れているか分かりますか」
ヨハンがケイラムに小声で尋ね、地図の載った書類や他の書類も出してきて確認作業をしている。邪魔をしてはいけない、とそっとその場を離れるとレイナージュはザワザワと動く民衆をそれとなく眺める。
今までみんなが気の良い隣人達で、孤児だったレイナージュをベイカと共に育ててきてくれたと思っていただけに、急に見知らぬ人たちに見えてしまう。レイナージュがどうしていいか分からずに途方に暮れていると、その肩をアンドレが優しく叩いた。
「アンドレ」
見上げる馴染みの優しい顔を見てホッとする自分に驚きつつ、レイナージュは視線を彷徨わせる。
「レイナ、安心して。俺も王都まで護衛に付くから。その為に親父から呼び戻されたんだ。王都の騎士団には家の事情でって休暇届けが出してある。誰も君のことを知らないし、殿下のことも漏れていないはずだ。安全だと思うし、万が一何かあっても俺が守るから」
昔と変わらない温かい笑顔を向けられてレイナージュの中のわだかまりが溶けていきそうになる。それでも、絆されてはいけない、と余所行きの笑顔を浮かべて頷いた。
「卿のお気遣い、感謝します」
できるだけ他人のように振る舞うとアンドレの瞳に傷ついた色が浮かぶが、一瞬でそれを隠して彼は笑顔を見せる。
「いつでも頼ってくれて良いんだよ」
アンドレは町の青年団の一人に呼ばれてレイナージュに背を向ける。
それを目の端で確認しているケイラムの視線に気がついてレイナージュが心細そうに微笑むと彼は話を切り上げて彼女の元に駆けつける。
「レイナ」
彼はそっと彼女の髪を撫で、優しく抱き寄せる。
「急な環境の変化で君には辛いかもしれない。何でも不安に思うことは俺に言ってくれ。君の笑顔を守るのは俺の喜びだからな」
青銀色の瞳がレイナージュを覗き込む。
その温かな眼差しに彼女の心が軽くなっていく。