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20 王都から里帰りの騎士

 レイナージュとリハイムの仲良い様子にうんざりしたようにアンドレがずかずかと彼らの間に割って入り、レイナージュの腕を掴んだ。

「痛っ」

 レイナージュが顔を顰めるほど強い力で握られた腕はアンドレの手でも余裕で余るほど細い。

「貴様、その汚い手を離さないか」

 リハイムがギラリと目を光らせてアンドレの肩を掴む。触れられた箇所が一瞬にして焦げたように煤で汚れてしまったことに驚いて、アンドレは手を離した。

 よくよく見ると、炎で焼けたように崩れ落ちてしまっている。

「お前、何者だ」

 アンドレが腰の剣を抜きさり、リハイムに向けた。

「レイナージュ、その怪物から離れるんだ」

 アンドレは腐っても騎士である。それに町のみんなを守るのは自分の役目だと幼い頃から決めていた。無意識にレイナージュを庇おうとして、そして彼女の強い眼差しに気が付いた。

「レイナ?」

「アンドレ、謝って。リハイムは怪物じゃないし、私を守ってくれているのよ。あなたは私を捨てて王都へ行った人でしょ?どちらを信用するかなんて決まっているじゃない」

 傷ついた顔をするアンドレにレイナージュは口調は穏やかに言った。

「俺は君を捨ててなんか……」

 アンドレが焦ったように言い繕おうとすると、その背後に圧倒的な気配を持つ存在が立ったのに気がついて振り返る。

 そこには背が高いと言われているアンドレよりも長身で体格が良いにも関わらず優美な佇まいの青銀色の光を放つ美貌の青年がいた。

 正式な王立騎士団の近衛隊にしか許されない高貴な白色に金の刺繍入の騎士服を身に纏っている。その詰襟部分には隊長職であることを示す金の部隊章と騎士団の団長職を示す二本の剣が交差した形のピンがある。極め付けに王族であることを示す竜の紋章が刺繍されている。

 アンドレは突然のことに反応できず、まじまじとその人物を見ているしか無かった。

「おい、いつまでそうしているつもりだ、アンドレ」

 青年の背後から自分の父親が眉を寄せた顔を出して言った。

「親父?」

「殿下に対して頭が高いぞ」

 その言葉に慌ててアンドレは膝を折る。

「ご無礼をどうかお許しください」

「良い。ところで、私の婚約者の家に何用か」

「婚約者、ですか」

 アンドレは彼の言葉に動揺する。しかし、動揺したのはアンドレだけでは無かった。レイナージュも、見慣れたはずの居候の青年の見慣れない姿に動揺を隠せない。

「ケイ?あなたその格好、どうしたの?」

 格好だけではない。いつもは「俺」と自分のことを言うのに「私」と言った。その違和感に不安が募る。

「レイナ、驚かせてすまない。急な用件で王都へ行かねばならず、町長に話をつけていた。君の本当の身分を明かすタイミングについて協議しなければ王都へ連れても行けず、だが私としては君と離れることなど考えられない。だから君のことを隠して王都へ連れて行くことになったんだ」

「えっと?」

 レイナージュは制服のせいでいつも以上に麗しいケイラムと町長を見比べた。

「姫様、今まで黙っていて申し訳ありません」

 町長が恭しくレイナージュに頭を下げた。その後ろに町中の大人たちがついて来ているのを見てとって、レイナージュは驚きに目を丸くしている。

「あなたは正真正銘、ガレスパンの王位継承者、レオディドルド・ナイン・レイナージュ・ガレスパン様。今は亡き、フェアレス王妃のお子。そしてこちらの王弟であられるケイラム殿下の許嫁であります」

「許嫁?」

「はい。ケイラム殿下はあなた様がお生まれになった頃にこの国と取り交わした婚約の相手でございます。国が危機に瀕した時より、その婚約は無効になったものと思っておりましたが、殿下は今も姫様を婚約者だと言って下さる。なんと義に厚い方なのかと我々は姫様のお相手に不足なしと判断して姫様をお任せすることになったのです。今、ガレスパンは人も住めぬ土地と成り果てていますが、必ずや復興して国を取り戻します。国がないなどと姫様に恥ずかしい思いをさせては家臣の名折れ。今までこの町に潜伏し、あなた様を育て、守ることを誓った同志たちと共に暮らしてきましたが、これからは国に戻り、誠心誠意国を立て直すと誓いましょうぞ」

 町長が熱く語ると町衆も大きく頷いてレイナージュを眩しいものを見るように仰ぎ見ている。

 だが、レイナージュには何のことやらさっぱり意味が分からない。しかも、ガレスパンなど聞いたこともない国の名前を出されても理解が追いつかないのだ。

「町長さん、前にここへ来た時は私が貴族の娘だと分かったって言ってなかった?あれはどういうことなの」

「申し訳ありません、姫。あなたを守るために嘘を突き通す必要があった。こちらのケイラム殿下とはその時に話を合わせてもらっていたのです。幸か不幸か、姫の本当の身分を知られてしまい、我々は選択を迫られることになった。姫に本当のことを明かすのはもっと先のことだと思っていたので我々も悩んだのですが、こうして殿下の正当なる婚約者としてお立場を確立される方が安全だと判断したのです」

 町長は今まで見たこともない表情で言った。

「ケイ、私、どうしたら」

 一番安心できる相手であるケイラムに視線を向ければ、普段は気にならなかった彼の色気のある眼差しが返ってきて胸が落ち着かない。

 彼はレイナージュの側まで来て、その手を取った。

「レイナ、私は君を生涯守り愛すると誓おう。どうか私の妻になってくれないか」

「つま……」

 いつかは誰かのお嫁さんになりたいとレイナージュも思っている。思ってはいるが、今決めることになるとは思ってもみなかった。

「本来であれば、きちんと求婚して儀式も経るのだが、今は時間がない。申し訳ないのだが、君が頷いてくれさえすれば、今ここに私の婚約者として正式に承認される。そしてその契約は破られることがない」

 ケイラムの真剣な様子にレイナージュは戸惑う。急いでいるのは察せられるし、そんな中で彼はレイナージュの為に彼女が納得できるよう手を尽くそうとしてくれているのだと感じる。

 レイナージュの視界に傅いているアンドレが目に入る。彼のように別の女性とケイラムがどうにかなると想像すると胸が張り裂けそうになる。だから、答えは決まっていた。

「ケイ、私、あなたのことが好きだわ」

 出会いは衝撃的だが、一緒に暮らしていて隣にいるのが当たり前の存在になってしまった。やましい事はしたことがないけれど、その先の関係になっても良いと自然と思える相手だ。

「では、私の妻になってくれるね」

「……はい」

 レイナージュが頷くと、ケイラムは彼女が初めて見る少年のようなあどけない笑顔を見せた。その笑顔を自分が引き出したのだと自覚すると、もうどうにも彼が愛しい気持ちが溢れ出して止まらない。

「後悔しても遅いよ?」

「後悔なんてしない」

 ケイラムがレイナージュを抱きしめる。すると二人の足元で光が溢れていく。




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