2 ある日の拾い物(1)
レイナージュは暗い部屋に帰るとガックリと膝をついた。
優しい声で「おかえり」と言ってくれる声はない。もう誰もいないのだ。
手持ちの黒っぽい服で町の教会で行われたベイカの葬式に参列し、教会の裏にある墓地に彼女を埋葬して、涙でお別れを告げてから家に戻ってきた。
これは現実なのだろうか。
レイナージュは部屋を見回した。
一室しかない家はきちんと片付けられている。ベイカは片付けには厳しく、散らかっていることを許さなかった。その他のことには寛容で、レイナージュが粗相をしたり、夜更かししていても怒ったりしなかった。
そんな思い出の詰まった家にただ一人。レイナージュはどうやって生活していたのか忘れてしまったように動けない。
嗚咽を堪えるように口元を抑える。
レイナージュはただ静かに涙を流してベイカの死を悼んだ。
どれだけそうしていたのか分からないくらい時間が経ち、窓の外が真っ暗になっていることに気が付いた。彼女は力尽きたようにその場に横になった。もうこのまま眠ってしまおう、とそう思った時に、外から物音が聞こえた。普段なら獣や野盗を警戒して暗闇の中、外を見に行ったりしない。だが、今夜の彼女は通常とは違った。
レイナージュはフラフラと立ち上がり、外へ出てみる。
今夜は月も出ていない。
暗闇だったが彼女は夜目がきく。目を凝らすと、裏の道具置き場に誰かが倒れているのが目に入った。
思わず駆け寄ると、その人は苦しそうに目を閉じたままゼエゼエと苦しそうに呼吸を繰り返している。見ただけでも重症なのに、彼女は彼の美貌に一瞬見惚れてしまった。
闇夜に浮かび上がるように光を放つ青銀色の髪はきちんと後ろへ向けて撫で付けられ、閉じられた瞼を彩るように同じく青銀色の長いまつ毛が苦しい呼吸の合間に揺れている。スッと立ち上がった形の良い鼻梁。少し開けられた赤い唇。太すぎず細すぎず、意思の強さを窺わせるようにはっきりとした弧を描く口元からは少し血が出ていた。
その赤さに我に返って、レイナージュは彼の体を確認する。
着ていた制服のような衣類はズタズタに切り裂かれ、出血が所々から見られる。今は倒れているが、起き上がれば背が高いのが分かるが運べないことはない。そう思ってレイナージュが彼の体に自分の腕を巻きつけたところ、とんでもなく重いことに気がつく。細身に見えて、かなり逞しい体だったのだ。
どうしよう。
レイナージュが途方に暮れていると、彼が呻き声をあげて目を開ける。
「死神か?」
少しだけ低い声が彼女に呼びかける。
「残念ながら違うわよ。ねえ、どうにか立てそう?家へ運ぼうと思ったんだけど」
「家?」
「そうよ。私の家」
「はっ。死神には家があるのか」
「だから死神じゃないってば。自力で立ってくれないと私では運べないのよ」
「匿ってくれるのかい?」
冗談を聞いたかのように彼は朗らかに言う。血まみれなのに、そのあまりに美しい容貌にレイナージュが息を呑む。
「では好意に甘えよう」
彼は腰に差していたであろう剣を無意識に探して、それがないことに気付いて小さく舌打ちした。そして苦しそうに呻き声を上げるとゴホゴホと血を吐き出した。
「大丈夫?」
あまりのことにレイナージュは青い顔で彼の顔を覗き込む。そうする以外にどうしていいのか分からなかったのだ。
自分が包丁で切ったくらいの血の量は見たことがあるが、大怪我など目にする機会はあまりない。狩りで怪我をした人でも、ここまで血が出ていなかった。
「平気だ。世話をかけるが、支えてくれないか」
「うん」
レイナージュは、何とか立ちあがろうとする青年の支えとなるべく体を寄せる。
思い通りにならない体をどうにか起こした彼はレイナージュの肩に手を置き、気力を振り絞って立ち上がる。一歩、一歩と歩みを進める彼に寄り添って、彼女は必死で彼を家の中に入れ、自分の寝台に寝かせたのだった。