19 王都からの訪問者
元恋人であり、幼馴染のアンドレは相変わらず爽やかな美男子ぶりでレイナージュの前に立っている。
しかし、ケイラムの途方もない色気の漂う美貌を見慣れたレイナージュにはアンドレの多少青臭い容貌は彼女の気を引く材料にはならなかった。そもそも、レイナージュがアンドレと付き合っていたのは見た目でも何でもなく、彼の屈託のない明るさや誰にでも気遣いできる優しさからで、そしてそれは紛れもなく純粋な真心に惹かれた結果だった。
この町において見目の良さは生活の足しにはならないが、モテる理由にはなる。だから年頃の少女たちがアンドレに熱を上げるのは当然の成り行きで、付き合っていたレイナージュが肩身の狭い思いをしていたのも事実だった。例えば、おしゃべりの仲に入れてもらえなかったり、町の集まりに参加させてもらえなかったり、王都から商人がやってきて流行の服飾品を売りにくる時に知らせてもらえなかったり。
レイナージュは気にしなかったが、多少の不便を強いられたのは事実だ。
彼はそれを知らないし、言うつもりもない。だが、それと王都での浮気は別の話だ。
「君が元気そうで良かった」
アンドレは少し大人びた、いや実際に男として成長した佇まいでレイナージュを見つめてくる。男ぶりが上がったと言うのだろうか、と彼女は少し感心して彼を見た。
「手紙をたくさんくれたね。ありがとう。忙しくて返事は出せなかったけど、元気なら何よりだ。ベイカ婆さんが亡くなったって知った時は驚いたけど、思ったより君は元気そうだし安心したよ」
ひとしきり話したアンドレは黙った。元気、元気、と連発されて返す言葉も見つからず、レイナージュから言葉を発することはない。
会ったら一発分殴ろうと思っていたレイナージュだったが、実際いきなり殴るのもどうかと思ってためらっている。どうやって殴ろうかしら、と真剣に考えている彼女の気持ちとは裏腹に、アンドレは彼女に近づいてくる。
「なんだか、君、綺麗になったね?」
アンドレが彼女に触れようと手を伸ばしてくる。
ビクッと肩を揺らしてレイナージュは一歩下がった。
別れた時にはあった少年のあどけさがアンドレからなくなっている。体つきも少し太く逞しくなったようで、男の屈強さに彼女は少し怯えた。
ケイラムがいれば守ってくれるのだろうか。
レイナージュは扉を開けてしまった迂闊さを自ら呪う。
「レイナ?」
もう一度触れようとアンドレが近づいたその時、風が巻き起こり、少年がレイナージュを守るように現れた。
「リハイム」
レイナージュが呼ぶと少年は嬉しそうに頬を緩める。
「主殿、しばらく見ないうちに警戒心がどん底まで落ちているようだが」
可愛らしい様子でリハイムはレイナにそう言って、それから射殺さんばかりの冷酷な瞳をアンドレに向ける。
気圧されたようにアンドレが一歩下がる。それから拳を握りしめてレイナージュだけを彼は見た。
「この少年は?ベイカ婆さんが亡くなってすぐに君はもう他の男を家に入れているのか」
「このクズに口をきく必要はないぞ、主殿」
ニコニコとリハイムが言うが、部屋の空気が絶対温度を下向きにゼロに向かっていっている。
おかげでレイナージュは冷静になれた。
「ちょっと、リハイム。そう怒っていては私まで凍ってしまうわ」
「しかし、主殿。あなたを愚弄するクズを許してはおけまい」
少年の口から出たとは思えない気迫のある言葉と態度にアンドレが訝し気に眉をひそめる。
「クズクズと、レイナの家に勝手に上がり込んでいる真男に言われたくないね」
アンドレが腰の剣のつかに手を触れる。
「真男?笑止。どちらが真男か判別もつかぬ騎士など騎士にあるまじき者。恥を知れ」
辛辣な様子で言ったリハイムの足元から氷の刃がアンドレに向かって飛び出す。
「リハイム、偉いのね、あなた。炎だと家を焼いちゃうから氷にしてくれたの?」
感激した様子のレイナージュにリハイムがまんざらでもなさそうに微笑む。
「炎だと加減が上手くできないんだ。主殿の家どころか、森が焼けてしまうのでな」
事実はレイナージュが思うよりも、ちょっぴり過酷なものだったようだ。




