13 魔物との遭遇(3)
ケイラムはドラゴンの額にある使役の紋を見た。
通常、ドラゴンはその強さもあって自由な生き物だ。だが、極たまに力の強い魔力を持つ者によって支配されることがある。その時に入れられるのが使役の紋だ。その紋を消すことは己の命を無くす時か支配者が消すか死ぬ時である。
レイナージュは何かを感じてケイラムを止めているのだと分かるが、このまま使役の紋が付いているドラゴンを放置するのは危険である。
「レイナ、ドラゴンはペットにはならないぞ?」
念の為に言うとレイナージュは驚いたように目を見開き、首を振った。
「田舎者の私でも、それくらいは分かります」
心なしか、ムッとされているようだった。
「そうか、それで君はどうしたいんだ」
優しい青銀色の瞳がレイナージュを覗き込む。
「この人を助けたいのです」
「さっきから君はこの魔物のことを人と言うが……」
ケイラムは言葉を切って、不審な様子でドラゴンを見た。
「……なるほど、術がかけられているのか。だがしかし、お前がドラゴンであることに変わりはないらしい」
『当然だな。私は人とドラゴンの混血だからな』
「……そういう呪法があるとは聞いたことがあるが、まさか人の血をドラゴンと掛け合わせるなどと」
『誤解するな。私の母はきちんとした人間で人間に化けたドラゴンである父との間にできた歴とした生き物だ。キメラと一緒にするな』
「そうか」
ケイラムはドラゴンとレイナージュを見比べる。
「レイナ、君は私を助けたように、このドラゴンを救ってやれるのか」
「分かりません。でも、何か方法があると思うのです」
レイナージュはドラゴンの体に触れてみる。
ドクン、とレイナージュの体の中に何かが入ってくる気配があった。
レイナージュはその気配に神経を集中させてみる。やがて無意識に彼女の右手がドラゴンの額に向かう。ケイラムはドラゴンが暴れないように目を光らせながらレイナージュの様子を伺う。
レイナージュは瞳を閉じ、何かを願うかのように心を込めてドラゴンに触れている。
すると徐々に変化が現れてくる。彼女の触れているところから、段々ドラゴンの皮膚が人間の色になってくる。しかも使役の紋が消えていくのが分かる。そしてケイラムの突き刺した剣の痕も消えていく。
「まさか使役の紋を解呪するとは」
ドラゴンの口から人間の言葉が漏れる。それは少年のように高い声で、そして姿もドラゴンから少年へと変化する。
金色の髪に赤い瞳、透き通るような白い肌の少年はドラゴンだった時の面影など一切見られない。
目を開けたレイナージュは安堵したように微笑んだ。
「良かった。あなたが鎖に縛られているのが見えて、何とかしたいと思ったの」
「貴殿に感謝する。私の忠誠を貴殿に捧げる」
何の躊躇いもなくドラゴンだった少年が言うと、レイナージュの左手首に唐草模様の刺青が現れる。
「え?」
「レイナの承諾なしに契約の紋を入れるとか、お前は阿呆なのか」
呆れたようにケイラムがドラゴンに言った。
「私は阿呆ではないし、お前でもないぞ。私の名はリハイム。歳は百と二十三歳だ。まだまだ若造だが、きっと役に立つ」
ドラゴンが名乗り、レイナージュの前に膝をつく。
「契約とか忠誠とか、いらないんだけど」
困ったようにレイナージュが言うと、リハイムはニッと笑って見せた。
「私はそこの男よりも役に立つぞ?呼ばずとも主殿の前に現れるし、魔力は底をつくこともない。まあ、世間知らずが故、罠にかかり使役の紋を入れられてしまったが、主殿が解除してくれた。この恩は契約をもってして返すべきだと判断した。事後承諾になったが許してくれ、主殿」
見目の良い少年に跪かれ、ニコニコと微笑まれるのは通常ならば嬉しい限りだが、どうしてこうなった、と呆然とするレイナージュには今は不要のものだった。