11 魔物との遭遇
レイナージュとケイラムの暮らしは穏やかに過ぎていった。森で採れた恵みやケイラムが狩りで仕留めた獲物で日々の糧を得て、ベイカの残した薬剤の絵の解説付きレシピを見様見真似で作ってヨハンに売りに行く。
そんな中でも、ケイラムから絶対に役立つからと言われ、レイナージュは王都のマナー講習とダンスの練習をさせられる。最初は渋っていたのだが、彼氏からもしも王都に来るよう誘われて行った時に彼氏に恥をかかせることになっても良いのか、と脅すように言われるとアンドレに恥をかかせたくないあまりに、それはもう熱心にケイラムの講習を受けることになったのだ。
「君は覚えが早いから正直肩透かしを喰らっているようだ」
ケイラムがダンスの相手をしながら言う。
彼の魔法で優雅な音楽が家の中にかかっているが、レイナージュが聞いたこともないような音楽だ。
「覚えが早いかどうかは分からないけれど、必死なのは確かね」
ステップを踏む順番を考えながら、しかしケイラムのリードが心地よくて、ダンスが楽しくなっているレイナージュは笑顔を見せた。
ケイラムは微笑み返し、青銀色の瞳を細める。
「本当にあなたってハンサムねえ」
感心したようにレイナージュが言い、まじまじと彼を見つめる。
「あまり見つめられると、誘われているのかと勘違いしてしまうぞ?」
「誘う?」
きょとんとした顔のレイナージュに苦笑して、ケイラムは彼女の瞳を覗き込むように顔を近づける。
「可憐な唇に吸い付きたくなるだろう?」
頭の中で彼の言葉を繰り返して、その意味を理解するまでに長い時間を要した彼女は足を止めて真っ赤になった。
「か、からかわないでくれる?」
もう、と言って彼から離れていったレイナージュは心を落ち着けるためにお茶を入れ始める。
「ケイ、休憩しましょう?それと、体はもういいの?私、あの夜からあなたの傷の手当てをしていないのだけど、包帯とか薬とか、必要でしょ?」
ケイラムを助けた夜はあまりに酷い怪我に涙が出そうになったが、それ以来、彼は彼女に体を見させてくれないのだった。
「ケイ?」
振り返って彼女がケイラムを見ると、彼は信じられないくらい甘い優しい顔をして近寄ってきた。ドクンと心臓が高鳴って、彼女は慌てて手元のティーカップに目を落とす。
「必要なら言ってね。得意じゃないけれど、傷の手当てをするから」
「もう治ったよ。君のお陰だ」
彼はそう言って、背後から彼女を抱きしめる。とにかく彼はスキンシップが多いと思う、とレイナージュは内心焦る。
熱い息が首元にかかって、レイナージュは耳まで赤くなってしまう。
「だから、からかわないでって」
「からかっているのではない。これは恩人に対する感謝の証を体現しているんだ。俺に感謝を表す機会を君はきちんと与えてくれるだろう?」
「そ、そう言うことなら、仕方ないわね。でも、恋人同士でもない男女がするようなことじゃないと思うのよね。だから少し控えめにしてくれると嬉しいわ」
レイナージュは真っ赤な顔のままポットからお茶を注いで、背後のケイラムにカップを突き出す。
「ははは、手強いな。ありがとう、レイナ」
ケイラムは彼女を放し、カップを受け取った。
のんびり二人でお茶をするのも毎日の日課だ。
彼はふと何かの気配に窓の外を見る。
「どうかした?」
「あ、いや、気配が……」
ケイラムは言って、意識を集中させている。レイナージュは邪魔しないようにそっとお茶セットを片付ける。
「まさか魔物が?」
ケイラムが呟いて剣を手に取る。この剣は森に落ちていて、彼が愛情を込めて研いで輝きを取り戻した。レイナージュはこの剣がただの剣とは思っていない。彼が大切にしているのも頷ける名刀なのだろう。