10 王都への手紙
拝啓 アンドレ様
きらめく新緑の美しくも力強い鼓動を感じる季節になりました。王都では四季がないと聞きますが、町が恋しくなったりしていないですか。
アンドレは騎士としてのお勤めを立派にやり遂げていることと思いますが、無理をしていないか心配しています。私が側にいたら体調が良くなるお茶を用意してあげられるのに、残念です。
アンドレ、あなたに悲しい報告があります。うちのベイカお婆ちゃんが亡くなりました。あなたもよく傷によく効く薬をもらっていたわね。ですが、もう薬を作ってもらうことは永遠にできなくなりました。私は悲しみに沈んでいましたが、お客様がお見えになり、悲しんでいる余裕もないくらい忙しくなってしまいました。きっとベイカお婆ちゃんも笑って見守ってくれていると思います。だから頑張らないと。
でもふと思うのです。アンドレが町にいてくれたらなって。私の不安を、あなたはいつでも取り除いてくれたから。甘えているのは分かっているのだけれど、あなたの笑顔が見たいです。
早く町に帰ってきてね。
あなたのレイナージュより
手紙を折りたたむよりも早くうたた寝をしてしまったレイナージュの腕の下から便箋を抜き取り、ケイラムは片眉を上げたまま内容に目を通してから、きちんと折り畳んで用意されていた上品な柄の封筒にそれをしまった。
レイナージュは可愛い柄が好きだが、社交上の礼儀を弁えている。
男性がもらっても恥ずかしくないような洒落た柄の便箋と封筒は彼女の愛に満ちている。もらった男は頬を染めて、この手紙を喜ぶだろう。
可憐な恋人からの手紙を胸に抱きしめて、彼女の匂いを思い出すことだろう。
クソッタレ。
彼は相手の男がレイナージュをいいようにしているとしか思えず、手紙も読んではいないのだろうと考えている。でなければ、もっと頻繁に手紙を寄越すはずだし、贈り物の類も忘れないだろう。
そもそも、俺なら王都に呼ぶ。
彼は眠るレイナージュの黒髪を優しく撫でた。
「んん、ケイ?」
レイナージュがぼんやりした様子でケイラムを見上げる。
「レイナ、うたた寝するくらいなら寝台に横になれ」
彼女の頭にポンと手を乗せてケイラムが言うと、レイナージュは蕾がほころぶように微笑んだ。
「家の中にケイがいると思うと、安心して眠れるのよね」
不思議ね、と付け足して、レイナージュは伸びをした。
「俺が役に立っているようで一安心だな」
「私には勿体無いくらいの騎士様ね。夢のようなお風呂を作ってくれただけじゃなく、美味しいご飯も作ってくれるし、側にいると楽しいし、良いことづくめよ」
レイナージュは朗らかに言って、そして目を伏せる。
「お婆ちゃんがいなくなって、どうしていいのか分からなかった私を、あなたは救ってくれている」
ケイラムはそっと彼女を抱きしめる。
彼の温かで逞しい胸の中はとても安心できる場所だ。
「俺の命を救っただけでなく、俺に居場所を与えてくれた君に、俺は生涯の忠誠を誓おう。俺の命が尽きるその時まで、君を守ると誓う」
真剣なケイラムの言葉にレイナージュは胸がドキドキしてしまう。だが、生涯の忠誠など身に余る。
「ケイ、生涯の約束なんて必要ないから。それはあなたのお嫁さんに取っといてあげて。私は今こうして私のそばにいてくれているだけで十分感謝しているわ。あなたは私があなたの命を救ったと言うけど、それは間違いだから。たまたま私がそこにいただけで、あなたは何も恩を感じることなんてないのだから」
困ったように言ったレイナージュを抱きしめたまま、ケイラムはその腕に我知らず力を込めたのだった。