13-5 猥書
翌日、日が昇るよりも早くにロプ達は動き出していた。
仲間を連れてきたサンライユより、日が昇り次第城を攻めることを計画され、それを手伝って欲しいと乞われたのだ。
いつもはジュスティに持たせている剣をロプが上手く腰に下げる。
「ロプ、その格好で大丈夫か?」
「平気よ。慣れているもの。ジャンは武器の扱いは大丈夫かしら?」
ジャンはサンライユから大剣を借りていた。背中に背負うための装備も借り、ジャンも準備ができているようだ。
「俺も問題はないよ。持ち歩きにも便利な装備まで借りれるなんて助かった」
「そのまま貰い受けてもいいんじゃないかしら。あちらもそれでいいと言っていたのだし」
「流石にそれは申し訳ないかなって。働きがよければ恩賞として貰うよ」
ロプは肩をすくめてみせてから、背後に目を向ける。そこにはラピュとジュスティが座っていた。部屋には他に人はいない。ジュスティは昨日司書が魔族であると聞いてからずっと口数が少なかった。
「私、早い内図書院出た。だから司書への思い、わからない。……でも、大切な人、魔族だったら複雑なる」
「……ありがとうございます、ラピュさん」
ジュスティは息を吐き出し、ロプに目を向けた。
「主、司書様が魔族だと聞いても、小生は疑ってしまいます。小生の知る司書様は、人間の敵になるような方ではなかったんです。自分達書人にも、近くに住む人間にも司書様は優しかったんです。それが、油断させるための作戦だったとしても、簡単には信じられなくて」
ロプはジュスティの意見を否定する様子はなかった。一つ頷いてから、人差し指を立てて口元に持っていく。
「インデュトリアの皆は魔族が王を操っているという考えの元動き出しているから伝えられないけれど、僕は魔族だから人間の敵だという考えはないの」
「は?」
思わず声を上げたのはジャンだった。司書が魔族だとロプが説明した時は魔族は人間の敵だというニュアンスで言っていた。だというのに、今言ったことは真逆ではないだろうか。そんなジャンに気付いたロプは首を横に振る。
「この街の司書は敵の認識でいいと思うわ。魔族も人間と同じで良い人も悪い人もいるってことなの。だからジュスティ、貴方は貴方の感じたことを信じていいの。僕はあの人とあまり深く関わってないけれど、悪い人ではないとは思っているわ」
「……ありがとうございます、主」
ジュスティは胸に手を当てて深呼吸をする。まだ司書が魔族だったという衝撃は抜けきれない。だが、自分の感じたことを信じていいという言葉が余裕を作ってくれた。
「主、小生は何ができますでしょうか」
「僕たちの目的は書人の回収。イザとザント、どちらもできるだけ傷なく回収するわ」
ロプはジャンに視線を向ける。
「ジャンはできるだけ革命派と行動していて。僕らは目立たない程度に動いて、書人の位置を探るわ」
「わかった。無理はするなよ?」
「勿論」
日が昇る数分前。革命派の民たちは城の前に集まっていた。それぞれ手には武器を持ち、穏やかでないのは誰から見ても明らかだろう。
彼らよりも先に、サンライユとライルは城のすぐ近くまで侵入していた。サンライユは城を見上げていた視線を落とし、ライルに向ける。
「覚悟は決まったか?」
「ええ。ライルは大丈夫ですか?」
「……まだ、信じられない。でも、ザントと話したいと思った。ちゃんと話して、本当の事知りたい。それから考えたい」
ライルはそう言って目の前に手のひらをかざした。
「でもとりあえず今は全部憎む。特に司書様にな。おびき出してやる」
「ええ。作戦を開始しましょう」
サンライユはライルの肩に手を乗せた。サンライユの温もりを感じながら、ライルは魔法を発動させた。
その魔法はライルが八歳を迎えた時に覚えた魔法だ。司書様を殺したザントが憎く、国王を憎んだ。その思いにより生まれたのが『呪炎魔法』。怒りに比例した火力の炎を放つ魔法だ。その炎の熱は魔法を使ったものの憎い相手にしか感じられない。今は国王派の者達が対象となるだろう。
城を呪炎が包んでいく。それに気づいた騎士たちが騒ぎ出す声を聞き、サンライユとライルはその場から撤収した。城の前に集まった民衆の元にやってきたサンライユに民は声を上げる。サンライユはその声に苦笑をこぼし、そしてすぐに民に背を向け、城を見上げて剣を握った。
「この街に潜んでいた魔族が国王陛下を操り悪政を敷いている。我らの街を取り戻すため、皆の力を貸してくれ!」
そしてサンライユの突撃の声を合図に、民衆たちは城に突入していった。民衆の中にいたジャンはサンライユと並走する。
「我々は陛下を探しますか?」
「ええ。陛下の無事を確認したいと思っています。ロプさんたちは別行動ですか」
「こちらの目的は書人なので。でも、必要な時は助けるつもりですよ。なのでサンライユさんは気にせずに目的を果たしてください」
ジャンの言葉にサンライユは頷き、城の中に入っていく。城は炎に包まれているが、城を燃やしてはおらず、革命派も熱に襲われることはなかった。だが中にいた騎士たちは違い、炎に惑い逃げていた。こちらが侵入してきたがそれを気にしている余裕もないようだ。
これなら安心してステファヌと書人を探せる。そう思ったが、その考えはすぐに変わることになる。
「おやおや。騎士の皆さま、お渡しした薬を飲んでくださいと言ったというのに。お忘れのようで」
その声にすぐに反応したのはライルだ。声がした方に目を向けてその目を見開いた。
「司書様……っ!」
そこにいたのは複数の騎士に囲まれたカシラであった。カシラが合図すると騎士はすぐに動いて革命派を取り囲んでいく。
「ライル、久しぶりですね。元気にしてましたか?」
状況に合わない言葉にライルは苛立ったようにカシラをにらみつける。
「司書様、生きてたのか……あの時確かに……っ」
「なんのことでしょう?」
「オレもう知ってるんだよ! 司書様が、魔族だって……! 全部、全部司書様が原因なのか? そんなこと」
「ないと言って欲しいのでしょうか?」
カシラは口元を片手で隠す。それでも笑みは隠せていなかった。剣を構えようとしたサンライユの前に手を出し、ジャンが前に出る。
「俺が相手する。サンライユさんは陛下を探しに行け」
「ですが」
「司書さんと相手はしてみたかったからさ。こっちの心配はいらないよ。サンライユさんの目的を果たしてきてくれないか?」
ジャンの言葉にサンライユは少し考えた後に頷き、周りの革命派に支持を出してから走り出した。残されたライルにジャンは視線を向けてから、背後に立っていたラピュに声をかける。
「ラピュ、サンライユさんについていってくれないか」
「でも」
「俺もずっとラピュの側にいたいけど、サンライユさん一人ってのも心配だからさ。お願いだよ」
「……わかった」
ラピュは頷いてサンライユの後を追った。残されたジャンは背負っていた大剣を手に取る。
「司書さん、やっぱり今回の騒動は貴方が糸を引いているのかな?」
「貴方はこの街の人間ではなさそうですね。昨日来たという観光客でしたか?」
「そう。ジャン・マラキットっていうんだけど」
「そうでしたか。私はインデュトリアの司書をしていましたカシラと言います。まさか観光客の方がこんなことに関わってくるとは思いませんでした」
「はは。本当に。俺たちの目的は書人なんだ。書人に会わせてくれたら、ついでに渡してくれたら大人しく引き下がるのも考えはしたんだけど」
ジャンは大剣の切っ先をカシラに向けた。
「国を混乱に陥れたのがお前なら、放置しておくわけにはいかないだろうな。お前が他国でも同じようなことをしないとも限らないし」
「そうですか……まあ、わかってもらうつもりはありません。結局人間と魔族は対立しあうでしょうしね」
カシラが剣を手に取る。それを見て構えたジャンの背後にいたライルが口を開いた。
「司書様、ザントは、ザントは今どこにいるんだ? ザントは、司書様が魔族だとわかってたから殺そうとしたのか?」
「いえ? 彼も私が魔族だとは知らなかったですよ。貴方がいなくなってから私が教えましたけれど。……司書である私を殺したザントに、貴方は怒りを感じたでしょう? おかげで残されたザントを利用できました」
そう言ってザントは懐から小瓶を取り出し、その中身を口に含んだ。
「ザントの薬魔法により色んな薬が作れました。騎士たちにはこの身体強化ができ、痛覚を麻痺する薬を渡せました。魔法だけではかけられる範囲が限られますからね」
ライルは瞠目し、唇を噛み締めた。
ザントの薬魔法はザントがまだ三歳の時に覚えた魔法だ。怪我の痛みに泣く子に、病気に苦しむ人に手を伸ばしていた薬師にザントは感動を覚えたのだ。魔法を使うにはその場に自分がいなければならない。でも事前に薬が用意できるなら、自分がすぐに駆け付けられなくてもその人は苦しみにのたうつ必要がない。それを幼いザントは憧れ、魔法としてその力を手に入れたのだ。
人のためを願ったザントの魔法を、ザントの願いとは違う使い方をされている。ザントの優しさが利用されている。
「おい、お前!」
ライルの声にジャンが振り返る。それと同時に魔法がジャンの身体を包んだ。
「オレは戦えない……、でも身体強化の魔法はできる! 他にも使える魔法はあるから! だからオレの代わりに、そこの魔族を倒して!」
ライルの覚悟が魔法となってジャンの背中を押す。ジャンは笑顔で頷いてみせてから改めてカシラに向かって大剣を構えた。
「それじゃあ、魔族退治、させてもらいますか」
「……やってみろ、人間が」
そしてカシラとジャンは同時に床を蹴った。




