13-4 猥書
インデュトリアの中心に建つ城。漆黒に染められた城であるが、白を基調にした内装となっていた。赤い絨毯が伸びる廊下の一角に少年が一人壁を背に立っていた。
白い髪は肩の上で揺れ、赤い瞳は忌々し気に細められている。彼の隣には扉があり、その中から嬌声が聞こえてくる。
音が聞こえなくなって少し待ってから、彼は壁に付けていた背中を離し、扉の前に立ってノックをした。
「失礼します。イザに報告があります。入室してもよろしいでしょうか」
中からすぐに返事は無かったが、少し待つと扉が開かれた。中から出てきたのは女性だった。少し乱れた青紫色の髪を手櫛で整えながら、部屋の扉を閉める。
「わざわざ部屋の外で待っていたなんて。仲間に入れてあげてもいいのに」
「断る。ボクはそんな趣味じゃない」
「まあ、お子様にはまだ早いわね」
「君だって、まだ子供じゃないか。本来は」
少年の言葉に女性は微笑を見せたかと思うと、一瞬でその姿を変えた。二十代程の女性であったが、そおこにあったのは十代前半の少女の姿だった。
「ふう。陛下の好みとはいえ、あんなさえない姿でいるのも疲れるわ。早く何も気にせず着飾って遊びたい」
「……報告してもいい?」
少年に言われ、少女は苛立ったように眉を寄せる。
「もう、どっちの姿も美しいです、とか気の利いた事言えないの? つまんない男ね、ザント」
「そう言われても、ボクの好みから離れてるからね。嘘はつきたくないな」
そう言ってからザントは息を吐きだしてから報告を始める。
「城門の兵によると、午前中に旅人がやってきたそうだよ。追い払いはしたみたいだけど、インデュトリアの状況を他国に流すかもしれないね」
「そんなの気にしなくてもいいじゃないの? この国に何かしようとしてくる他国なんているの?」
「魔国の抑えになっているのがこの国だからね。大国のエモ王国なら気にしてくれるんじゃないかな」
「ふーん? まあ、来たとしても陛下を操って帰れって言えばいいだけね。後でカシラには伝えておくわ」
そう言って怠そうに少女は息を吐きだす。それから黙っているザントに視線を向けた。
「それで、ライルの居場所はわからないの?」
「……うん。街からは出てないはずだけど、ライルもサンライユさんも見つかってない。民が隠してるんだろうね」
「はあ。民なんてとっとと殺しちゃえばいいのに」
「……君の虜魔法でどうにもできないの?」
「無理。そこまで広い範囲にはできない。全然便利な魔法じゃないし」
少女は息を吐きだし、ザントに向かって手を払う。
「もういい。あと何もないなら水でも持ってきてよ。あとお菓子も」
「わかった。司書様がいる場所に持っていけばいい?」「うん。さっさと持ってきなさいよ」
そう言って少女は廊下を歩いて行った。その背を見送りながら、ザントは掌を血が滲むほどに握りしめた。
ザントの主はステファヌである。ステファヌは国王としても尊敬でき、そんな人の書人となれたことをザントは誇らしく思えていた。
だがイザとステファヌが仲睦まじくなり半年ぐらい経った頃からステファヌは変わっていった。記憶が飛んでいることが増え、自分の言ったことも理解していないことが増えていた。ステファヌ本人も病気だろうかと疑い、医者に相談しようかと呟いていた。いつも悩みを相談しているサンライユにも相談するかと問えば、最近サンライユは忙しそうだからとステファヌは断り、イザにも気になるところがないか聞いてみると言っていた。
そんな会話をした翌日だった。イザが襲われたのだ。
ステファヌは怒り狂い、輩が言った言葉を信じてサンライユを捕らえた。サンライユがそんなことするわけないとザントが言ってもステファヌには届かなかった。此方の声が聞こえていないようで、無視された気分であった。
どうにかできないかと、ザントは司書に相談に向かった。司書であれば何かいい方法を知っているだろうと信じたのだ。
訪れたザントを司書であるカシラは喜んで迎えてくれた。時間も惜しいとザントは玄関先でステファヌのことを相談し、どうにか目を覚ましてもらってサンライユを救えないかとカシラに聞いた。カシラは笑顔で、膝をつき、ザントと視線を合わせた。
「ザント、貴方は優しい子ですね。主が間違った道を歩いていると気づき、それを正そうとするなんて。……そうですね、私ができることは少ないですが」
そう言ってカシラは懐から短剣を取り出した。外した鞘を床に置いてから、その柄をザントに向ける。
「貴方に力を貸してくれるものです。受け取ってください」
「短剣が……? 司書様、これをどう使えばいいんですか?」
ザントは短剣を両手で握る。それを確認し、そしてカシラは外から聞こえてきた足音に気付いた。口端を上げ、カシラはザントの両手ごと短剣を握り、短剣を己の心臓に向けて引き寄せた。
「司書様! 相談したいことが!」
玄関の扉が開き、ライルが姿を現す。ライルの視界に広がったのは、心臓に短剣を突き刺したカシラと、その短剣を握っているザントの姿だった。
カシラはライルの姿を目に移しながらゆっくりと背後に倒れた。短剣はザントが握ったままであったため、カシラの胸から抜けて血が床に広がっていく。
「し……ししょ、様……」
ザントが目を見開き、その手から短剣を落とす。何が起きたのか理解できていなかった。何故カシラが自殺行為をしたのか、何故自分に短剣を握らせたのか。
「…………っ! ザント! お前っ!!」
ライルの怒った声にザントはライルを見る。ライルは泣きそうな、それでも怒りがこもった視線をザントに向けていた。違う。そうザントは言おうとしたが、唇は動いてくれなかった。
ザントの代わりのように、図書院の奥から何者かが動いた。扉が開いて現れたのは国王の護衛騎士達だ。
「罪人の書人だ。捕らえろ!」
その言葉にライルは目を見開き、悔しそうにカシラを見つめてから身を翻して逃げ出した。騎士たちはザントの横を通り抜け、ライルを追いかけていく。
「なんで……、どうして騎士がここに」
呆然とそれを見送ったザントに声がかけられる。
「国王に害を成した可能性のある書人が来ると伝えておけば、騎士も動きます」
ザントが驚いて声の方向を見れば、倒れていたカシラが上体を起こしていた。口の中に溜まった血を吐き出し、袖で適当に口を拭う。
「し、司書様? なんで……だって」
「人間にとっては致命傷でしたからね。普通は生きてませんが」
カシラは立ち上がり、血に染まった服を忌々し気に見てからザントに視線を向ける。
「私は……、いえ。図書院の司書は人間ではありません。この目を見ればわかりますね?」
そう言ってカシラは眼鏡を外した。その瞬間に目の色が変化したのが見えた。白目であった場所が黒く染まり、その色を持つものをザントは知っていた。
「魔族……!?」
「よく覚えてましたね。これが私の正体になります。魔族は人間とは違い、心臓を刺されたぐらいでは死なないのですよ」
後ずさりしてカシラから離れようとしたザントだが、ザントの腕をカシラが掴んだ。
「ひっ」
「ザント、貴方にも私の計画に関わってもらいます。貴方の薬魔法は使えます。私のお願い、聞いてくれますよね?」
「い……」
嫌だ。そうザントは答えたかった。だが、魔族だと知ってしまったが、彼は司書だ。ずっと自分達を育ててくれた尊敬すべき司書様だ。
「聞いてくれるなら、ライルには手を出さないよ。ライルとザント、君たちも私たちと一緒に幸せに暮らそう。その手伝いをしてくれるだろう、ザント」
ザントは、カシラの提案に頷くことしかできなかった。
お菓子と飲み物を準備し、ザントは息を吐き出す。
カシラの手伝いをし始めてから数か月が経った。ここまでとても長い時間が過ぎたように感じられる。
「……そろそろ、だな」
ライルとサンライユは民衆の元にいるだろう。民衆たちと協力して、王を倒そうと模索しているだろう。だとすれば、いつ襲撃にきてもおかしくない。
旅人が来たというなら、彼らの協力を借りてさらなる脅威になっているだろうか。もしそうだとしても戦うだけだ。
「……邪魔はさせるわけにはいかないんだ。それが、ライルだとしても」
そう呟いて、ザントはお菓子を持って部屋を出ていった。
イザは街全体を眺められるバルコニーに向かった。夜闇に包まれた街には明かりが灯る家は少なく、星空の美しさが際立っている。そんな景色を司書であるカシラが眺めていた。
「カシラ、ここが好きね」
「特別好きというわけではないですよ。見てて楽しいのがここからの景色ぐらいだってだけです」
カシラはイザを手招く。イザは素直にカシラに近付き、カシラに抱き上げられた。
「観光客が来てたから兵が追い払ったってザントが言っていたわよ。でも、問題はないよね?」
「ええ。ですが、そろそろ他国から何かしらの動きがあるかもしれませんし、さっさと終わらせてしまいましょうか。そろそろ飽きてきましたし」
「カシラがこの国の王になったりしないの?」
「しませんよ、面倒くさい」
カシラはイザを抱えたまま楽しそうに微笑み、踊るようにくるくると回る。
「私はただ人間の愚かな姿がみたいだけですし。イザのおかげで簡単に人間の国を陥れることができることも知れました。いつの日か魔族が人間の領地を奪えるということが証明出来ましたから満足です」
部屋の中に戻り椅子に座ったカランは愛おしそうにイザの髪を撫でた。
「私をスピンとするイザが現れてくれたからこうして楽しむことができました。この国のことが終わったら魔国でゆっくり暮らしましょう」
「……ライルも連れていきたいな」
「ライル? ……イザはライルが気に入っているのですね」
イザは何も答えず、ただカシラの肩口に顔を埋めた。




