13-3 猥書
ラウデ・アーテレード王国国王ステファヌ・チューライト・インデュトリア。彼は子供のころから次期国王として教育を受けてきた少年だった。サンライユは遊び相手として選ばれ、彼の父と同じように将来はステファヌの護衛騎士となるだろうと期待されていた。
二人は身分の違いなど関係なく、親友のような関係を築いていた。時には城を抜け出して街を駆け回り、お互いの悩みを打ち明ける事もあった。まるで兄弟のように育ってきた。
前国王が病気で亡くなり、ステファヌは二十歳の若さで戴冠した。それを受けて見習い騎士であったサンライユも必死に腕を磨き、ステファヌの希望もあったが無事に護衛騎士の座についた。
幼いころから街を歩き回っていたステファヌは民の声をよく聞き、国をよくしていこうと動いていた。そんなステファヌを民も好意的に見ており、インデュトリアは誇れるような街になったのだ。
そんなステファヌの元にある女性が現れた。他国から移り住んだイザという女性だ。特別に美しい女性というわけではなかったのだが、清楚で優し気な微笑みが印象的な女性だった。共にいるだけで癒されると、ステファヌの側には常にイザがいるようになった。サンライユもそれを受け入れていた。仲睦まじい二人を眩しく思いながらも見守っていた。ただそれだけだったはずなのに。
――イザが正体不明の輩に襲われた。
命に別状はなく、大きな怪我もなかった。襲った輩はすぐに駆け付けた兵によって殺害されたが、輩は最期に言ったそうだ。
「全てはサンライユ様に依頼されての事」と。
何かの間違いだ。自分は何も依頼していない。そんなことをする理由がない。そうサンライユは訴えたが、ステファヌは聞く耳を持たなかった。親友だと思っていたのは自分だけだったのだろうかと思ってしまう程に、ステファヌがサンライユに向ける視線は冷たく鋭いものであった。
サンライユの訴えはステファヌには届かず、サンライユは死刑を告げられた。その判決に疑問を持ったのが民たちであった。ステファヌと共に街を駆け回り、民と隔てなく接していたサンライユを民も好意的に見ていたのだ。二人の仲の良さも知っていたので、ステファヌのおかしさに声を上げた。
だがステファヌはその声に耳を傾ける事はなかった。国王の変化に民は疑心を抱き、そして彼らはサンライユを攫ったのだ。その行動が国王側に暴動として伝わり、民は革命を決意することになったのだ。
「陛下は信じやすい方ではありましたが、他人の意見をちゃんと聞き、冷静に判断もできる方です。人が変わったようになるなんて、もしかしたら書人の魔法が絡んでいるのではないかと考えてます。書人の魔法であればそういうことも可能なのだろうかと思ってまして」
「書人の魔法は書人の願いに呼応したものが書かれて行きますわ。なので人の性格を変えるという魔法も無いとは言えませんわね。陛下は書人をお持ちでしたのかしら?」
「自分と一緒に書人を迎えています。ですが、あの子はそのような魔法は持ってませんでした」
サンライユとロプが話していると、サンライユの横に黙って座っていたライルが鼻で笑った。
「人なんて簡単に変わっちまうよ。王様だって、それとおんなじ。あんな王様なんて殺しちまえばいいんだよ」
「ライル、そんなことを言っては駄目です」
サンライユが窘めるように言うが、ライルはサンライユをにらみつける。
「主もとっとと覚悟決めろよ! どれだけ王様のことを考えたって、主を殺そうとした事実は変わらないだろ! 主がそんなんだから、皆攻め込めないって言ってた!」
幼いころから国王を知るサンライユとしてはまだステファヌを信じていたいのだろう。だからこそ、少しでもステファヌが巻き込まれているといえる証拠を探したいのだろう。
「インデュトリアには図書院がありましたわね。主を持った書人はどれだけいるのかわかりますか? わからなければ、司書に話を聞きたいのだけれど」
ロプが司書の言葉を出した途端、ライルは忌々し気に顔を歪めた。書人のほとんどは世話になった司書に対して尊敬を抱いている。ライルの反応は予想外で思わずロプが黙り込んだのを見て、ライルは慌てて言う。
「司書様が嫌いなわけじゃねえぞ! 司書様は……司書様は殺されたんだよ。王様の書人に……、ザントに!」
殺された。その言葉にジュスティが息をのむ。ロプはジュスティに視線を向けてからライルに視線を戻した。
「殺されたということは……、司書様は革命派であったということかしら?」
「わからない。司書様に相談したいことがあって図書院に行ったら、ザントが司書様の心臓辺りに剣を突き立ててたんだ。そのまま司書様は倒れて、息が無くて、オレ、ザントに怒鳴りつけて、司書様を連れて逃げたかったんだけど騎士の奴らが現れたから司書様を置いて逃げるしかなくて」
当時を思い出したのか、ライルの瞳に涙が浮かぶ。司書がいなくなってしまったショックはジュスティも体験している。目の前で殺されてしまったなど、何よりも許せないだろう。
「……死因は、心臓へのダメージだけかしら?」
ロプのやけに静かな声がジュスティの耳に入った。隣に座るロプを見るが、ジュスティからは後頭部しか見えなかった。
「なんだよ。それで十分だろ?」
「…………そう、ですわね」
そう答えたロプはジュスティに顔を向けた。ロプの後頭部を見ていたジュスティは突然合わさった視線に驚いたが視線を逸らすことはしなかった。ロプは恐れているような悲しそうな表情をジュスティに向けていた。しばらく見つめ合ってから、ロプは口を開いた。
「ジュスティ、ごめんなさいね」
「え?」
何の謝罪なのか。ジュスティがそう問う前にロプは視線をライルに戻した。
「伝えなければいけないことがありますわ。その司書様は生きている可能性が高いわ」
「は? なんでだよ。確かに心臓は止まってて、息もしてなくて……。人間なら死んでるだろう?」
「ええ。人間ならそうよ」
ロプの言葉に皆が反応を示す。皆の視線を受けながら、ロプは言った。
「図書院の司書は人間が務めていない。司書の正体は魔族なの」
魔族。人間の敵と思われている種族。
想像もできなかった事実に誰もが反応できず黙り込んでしまう。その衝撃にすぐに立ち直り、ライルは噛みつくように言う。
「で、でも魔族は目が人間と違うんだろう? 司書様の目は人間と同じだったぞ!?」
「司書は全員眼鏡をかけていますわ。その眼鏡は外から目に対する印象を変える魔法がかけられていますの。眼鏡を外した姿を見たことはあるかしら?」
「っ……、な、無い」
ジュスティも記憶を探るが、眼鏡を外している司書の姿を思い出せなかった。寝る時は書人達を先に寝かして、司書の自室は鍵を掛けられていた。眼鏡を外した姿を見られないように動いていたのかもしれない。
「魔族と人間の違いは魔法が使える事、目の違いが一般的ではあるけれどもう一つありますの。魔族は心臓を抜かれても、首を刎ねられても死ぬことはありませんわ。彼らは魔力で生きていて、その魔力を生み出す核を壊さないと死にませんの。その核はどちらかの目ですわ。どちらの目かは本人さえもわからないと言われていますの。……司書の目が無事であったのならば生きているはずですわ」
「そんな、じゃあ、司書様は今どこにいるっていうんだよ」
「国王陛下の元でしょうね。殺害されるというのも計画されたことだったのかもしれませんんわ。それによって、貴方はそのザントという書人と仲違いしてしまったのではなくて?」
ライルは言葉を失い、前のめりになっていた身体を椅子の背もたれに沈めた。ロプはサンライユを見る。
「司書は本来、人間に対して害を示さないはず。ですが話を聞いていると司書も関わっていると思ってもいいかもしれません。司書であれば、この国の書人の持つ魔法は把握しているでしょう」
「……ありがとうございます。少し席を外させてくれますか? その事実だけでもすぐに仲間に伝えたいので」
「ええ」
ロプが頷いたのを見て、サンライユはライルの肩を叩く。ライルはまだ理解しきっていない様子であったが、サンライユと共に部屋から出ていった。
ロプはジュスティに視線を向ける。ジュスティは今にも泣き出しそうに顔を歪めていた。
「ジュスティ、ごめんなさい」
「……主」
「貴方が司書になれないとわかっていながら、僕は司書を目指す貴方を応援したことがあったわ。知っていながら言わないでいてごめんなさい。……貴方の司書であったウナさんのことも許してあげて」
ロプがジュスティを連れていきたいと知ったウナは、ジュスティが望まない限りは連れて行かないで欲しいと頼んできた。ウナはジュスティを大事に思っていたのだ。司書になりたいと願ったジュスティになれないと言わなかったのも、夢に怯えたジュスティが元気になれるならばと嘘をつくことを選んだのだろう。
「……主、司書様も目を傷つけられていたのでしょうか」
ジュスティはウナの最期の姿を見ていない。火事に巻き込まれたと聞いていたが、違う死因であったのだろうか。
ロプは少し黙ってからゆっくりと頷いた。
「ええ。片目に短剣が刺さっていたそうよ。……もしかしたら、魔族だと知っている者が殺したのかもしれないわ」
ジュスティは目を見開き、上げそうになった声をこらえるように唇を嚙み締めた。
何故殺された。司書様が何をした。そんな言葉が頭を巡るが、「魔族だから」と言われてしまえば何も言えなくなる。魔族は人間の敵だ。人間の中に潜んで何かを企んでいたのかもしれない。人間の情報を魔王に渡していたのかもしれない。そう危惧した人間の行動であるならば、こちらが何を言っても言いくるめられてしまうだろう。
「ロプ、いつもは大人しくしてる司書が動いてるってのはどう思う?」
黙って話を聞いていたジャンが口を開く。その問いにロプは眉を寄せた。
「流石にはっきりしたことはわからないわ。でもまあ、どう考えても司書は国王側についているってことだけは確かですわね。可能性は低いけれど、魔族だということを隠す為に死んだふりをして、気を見てどこかに逃げている可能性もあるかもしれないけれど、書人が司書を殺す行動をとるなんてことがあり得ないから限りなく低いと思っているわ」
「まあ、そうだよな。国王の乱心が他人の所為と考えると、その司書と、あとはイザっていう女が怪しいか」
「女、うつつぬかした、王様?」
「ラピュ、ちょっと言葉選ぼうか」
「でも愛する女を見つけて人が変わってしまったっていうのも考えて置くべきだとは思うわよ。そのイザって人が現れてからおかしくなった可能性は高いでしょうし」
同調するようにラピュとロプは視線を合わせて頷き合う。二人の考えを否定したかったが、ジャンにはそれができなかった。
そんな三人の会話をジュスティは聞く余裕はなく、ただ俯いて両手を握りしめていた。




