13-2 猥書
インデュトリアの駅につき、ロプ達は汽車を降りた。首都の駅なので人が多いと思っていたが、駅には人の姿はなかった。汽車から降りたのもロプ達だけである。降りる駅を間違えただろうかとジャンが思っていると、汽車の乗務員が声をかけてきた。
「皆さん、インデュトリアに用事ですか?」
「用事、といいますか、観光に行くつもりです」
「今は観光できないと思いますよ。……危険ですので、おすすめできません」
乗務員の言葉にロプは眉を寄せた。
「どういうことでしょうか?」
「今、インデュトリアでは革命運動が起きてるんです。市民はほとんど家にこもっていて、外には武装した民衆が歩いています。一日に一回は騎士団と争っていると聞きます。汽車に戻って別の街に行くことをおすすめしますよ」
「そうですか……。わざわざ教えて下さりありがとうございます。気を付けて観光いたしますわ」
ロプ達は汽車に戻るだろうと思った乗務員は驚いたように目を丸くしていたが、ロプは一礼だけして歩き出す。その後を三人が慌てて追いかけた。
「おい、ロプ! 危ないって」
「巻き込まれないように動けば問題ありませんでしょう? 僕らは気にせずに目的を果たしましょう」
「目的って」
「勇者の本に出てくる街の観光と、書人の捜索ですわ」
ロプはジャンに視線を向けてにっと笑ってみせた。
「ジュスティは予知夢を見ましたもの。ここを逃すわけにはいきませんわ」
意思を変えるつもりのないロプにジャンはため息をつき、それ以上は何も言わなかった。
駅から少し歩き、インデュトリアを囲む城壁に近付く。城門の前には三人もの兵が立っていた。彼らはロプ達の姿に警戒したように腰に下げた剣に手を添えていた。ロプは出来るだけ笑顔のまま、だが彼らの剣が届かない位置に立ち止まり、インデュトリアに観光に来たことを伝えた。だが、兵達の首は縦に振られることはなかった。
「駅で乗務員に聞かなかったのか? 今インデュトリアでは愚かな民どもが国王陛下に剣を向けている。奴らがインデュトリアから出ないように出入国を制限しているのだ。故に貴様らもとっとと立ち去れ」
兵達は誰も入れないという意志が強いらしく、隙を見て入ることも厳しいように見える。三人を同時に倒せれば入れるだろうが、そうなると騒ぎが起きてしまうだろう。ロプは頭を下げ、皆を連れて駅に戻ることにした。
駅には誰もいない。次の汽車もしばらくは来ないだろう。
「ジャン、貴方の権限でインデュトリアの王様と会えたりしないかしら?」
「流石に無理だ。あっちは大国の王で、俺は小さな町の領主だぞ? 領主同士ならまだしも、国王相手は流石に会えない」
「そう。侵入するにも城壁は高く、登るのは無理に近い。……どうにか侵入経路を探さないと」
「あるのか? あんなに警備が固いのに」
「固いからこそ、一つぐらいは用意しているはずだわ。民だってただ抵抗しているだけではないでしょうし。それを探してみましょう」
「諦めるつもりは全くないんだな」
呆れたようなジャンの言葉に、ロプは当たり前だと言うように深く頷いてみせた。
「ここに探している書人がいる可能性だって高いのですもの。革命が終わるのを待っている時間は惜しいわ」
ロプの決意は固い。それを実感し、ジュスティは目を伏せる。
書人を探すということに反対するつもりはない。だが、今朝の夢が何よりも気にかかるのだ。ジュスティの見る夢はこれから会う書人視点のものが多いようなのでジュスティが経験するわけではないのだが、そうだとわかっていてもあの内容はジュスティにとっては何よりも耐え難い。
頭を抱えだしたジュスティにラピュが心配そうに見ていたが、ラピュは素早く短剣を手にしてある方向に視線を向けた。ロプも同じように気付き、そちらに身体を向ける。
先程まで駅にはロプ達しかいなかったはずだが、いつのまにかそこにはマントで姿を隠した人物が立っていた。
「驚かせてごめんなさい。駅に珍しく人の気配があったので気になってしまったの」
女性の声が控えめに届く。マントの下から覗く服も女性物のようだ。背丈も男性にしては低いように思える。
「旅の人でしょうか。インデュトリアへようこそ。でも、今のインデュトリアは観光を楽しむことは難しいです。今は別の町に行くことをお勧めします」
「先程、城門前の兵にも追い払われてしまいまして。それでも、どうにかインデュトリアに行きたいんです」
「どうしてか、聞いてもいいですか?」
ジャンがどう答えるか悩んでいると、横からロプが答えた。
「僕たちは書人を探して旅をしているんです。僕が探している書人がインデュトリアにいる可能性は高く、その書人を僕に依頼した人が欲しがっています。……貴方は、インデュトリアの民でしょうか」
「……そうであるとしたら、私を兵に差し出すつもりですか?」
「いえ。……王のそばに書人がいるのではないかとお聞きしたく」
ロプの言葉は予想外だったのか、マントの女性は黙りこむ。それを気にせずにロプは続けた。
「権力者の側には書人がいることが多いので。そして、異変がある場合にも、書人が関わっていることが多いですの。何か知っておりませんか?」
「……侵入経路を聞かれたりするものと思っていたのに、書人がいるかを聞かれるなんて……。皆さんは、国王に対抗する民を愚かだとは思いませんか?」
「思いませんわ」
「対抗しなければならない理由があったのだと思ってます」
ロプとジャンの返答に女性は頷き、そして背を向けた。
「ここでは話すことはできません。ついてきてください」
歩き出した女性の後をロプ達は静かに追いかけた。
女性は線路が伸びる地面に降り、駅の構内からは死角となる位置にあるマンホールに近付いて開けた。
「先に下に降りて。中は音が響くから静かに」
女性の言葉に頷き、先にロプから順に降りていく。中は暗かったが、灯り魔法を使おうとしたジュスティをロプは止めた。マンホールを閉じて降りてきた女性が腰に下げていたランプの明かりをつけて歩き出した。
降りた場所は水路であり、女性は慣れたように歩いていく。何度も何度も道を曲がり、行き止まりに辿り着いたりもした。だが女性は焦る様子無く道を歩いていく。流石に歩くのも飽きてきた頃にロプは女性に声をかけた。
「先程から同じ道を歩いているようですが、迷われたわけではないですわよね?」
「同じ道を歩いているとわかるのですか?」
「頭の中で地図を書きながら歩いていますので」
女性は驚いたように声を上げるが、足を止める様子はなかった。
「旅人なのが惜しいですね。こんな状況でなければ勧誘したいぐらい。同じ場所を歩いているのは、侵入したのは仲間だと伝えるためです。決められた順番に歩き、道にあるスイッチを踏んでいます。その押された回数を仲間が確認し、扉を開けてもらえるんです」
そう言って女性はやっと立ち止まった。その場所は何度か辿り着いている行き止まりだ。女性は右側の壁を何回か叩くと、その壁がゆっくりと右にずれていく。現れた扉を女性が開けると、そこは小さな部屋になっていた。部屋には大きな机と何脚かの椅子が置かれている。壁には燭台が置かれ、十分な明るさが取られていた。
そして部屋には一人の少年が座っていた。青い瞳は女性の姿に輝いていたが、ロプ達に気付くとすぐに細められる。そしてその髪は真っ白であった。
ロプ達が部屋に入ったのを確認し、女性は歩いて来た水路を確認してから扉を閉める。そしてやっとマントを外した。
「さて、ここはよく作戦会議などに使われています。外に声が漏れる事はないので、民が不利になるようなことも国王に対する不満も話すことができますよ」
その声は先程の女性の声ではなかった。ジャンとジュスティが驚き思わずマントの下にあった顔を凝視した。その顔は中性的な顔立ちだ。真っ青な短髪はさらさらと動き、その瞳は淡い紅色だ。マントを剥ぎ、履いていたスカートを脱ぎ捨てると、中性的だった姿が男性に寄る。
「正体を隠す為に女性の格好をして外に出ているんです。……よければ外の話を聞かせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」
「構いません。ですがその前に、自己紹介をして欲しいのですが」
ロプの言葉にここまで案内した男性は頷いてからその胸に手を当てた。
「自分はサンライユ・トゥーレ。そこにいる書人、ライル・ツォンイデンの主であり、元国王護衛騎士の一人です」
サンライユは一同に座るよう促し、自身もライルと紹介した書人の横に座った。
「……元、護衛騎士?」
ラピュが声を漏らすと、サンライユが頷く。
「ええ。今はもう陛下の側にはいられませんが、以前は誰よりも陛下の側にいました。陛下とは幼馴染でもあります」
「そんな人が、国王から離れているんですか」
ジャンの問いにサンライユは苦笑を見せる。
「自分が離れてしまったことが、民が暴動を起こしたきっかけでもありまして」
「……よければ、何故革命が起きているのか教えていただけませんか?」
ジャンにとってかなり興味があることなのだろう。ロプは特に反対することはなく、じっとサンライユを見つめる。サンライユは微笑を見せた。
「ええ。是非知ってもらいたいです。陛下の心変わりには書人が絡んでいると、自分は思っているんです」




