13-1 猥書
抑えきれない感覚が身を包む。激しい運動などしていないはずなのに、息が荒げていく。夏でもないのに身を熱が犯していく。身体が勝手に跳ね、落ち着きを忘れて内腿をこすり合わせてしまう。
耳には己の心臓の音ばかりが聞こえてきて、涙で歪んだ視界には目の前に立つ子供の姿が映っていた。
こちらを見下ろしている子供の目は冷たく、だがどこか嬉しそうに口端が上がっていた。子供の手にはナイフが握られており、その刃先はこちらに向けられていた。
子供はこちらに近付き、こちらの身体を跨ぐように立ったかと思うと、その身を屈めた。子供の身体が身に触れるだけで、耐えきれないものが溢れる。それは恐怖であり、快感であった。
子供は何かを呟いた。だがそれを理解する前に、己の心臓に向けてナイフが下ろされる。
痛みと快感が、頭を埋め尽くした。
横から悲鳴が聞こえ、ロプは跳び起きた。
ロプ達は汽車で移動していたが、夜は動いていないので駅がある町の近くにテントを張って寝泊りしていた。まだ日が昇る前のようで、テントの中は暗闇に包まれている。近くに置いていたランタンの明かりをつけると、書物の姿だったはずのジュスティがテントの隅で大きな身体を縮こませていた。その身体は震えているように見える。
「ジュスティ? 何があったのかしら?」
ロプが声をかけると、ジュスティの肩が跳ね、ゆっくりとその顔をロプに向ける。その顔は真っ赤に染まっており、だが表情は恐怖に染まっていた。
「何か夢を見たの?」
「あ、あああ、あ、ある、じ」
その声も震えている。ロプはジュスティに近付こうとしたが、ジュスティはロプから離れようと、さらにテントに身体をくっつけていく。
「ジュスティ?」
「あの、できれば近づかないでください……!」
「……わかったわ。それで、どんな夢を見たの?」
ジュスティは背中を向けたまま、顔だけをロプに向ける。その唇は引き結ばれており、ロプは眉を寄せた。
「ジュスティ、貴方の夢は予知夢、今後の動きを考える為にも内容を伝えて貰わないと困るわ。その夢が僕たちの身を護ることにもなるのだから」
ロプの言葉を聞いても、ジュスティは言いたくない様子だ。だが、ロプの視線に耐えきれなくなったのか、ジュスティはしぶしぶと口を開き、夢の内容をロプに伝えた。
朝一番に出る汽車に乗り、四人席に座ってからロプは口を開いた。
「次に向かうのはラウデ・アーテレード王国の首都、インデュトリアですわ」
「インデュトリア? 俺達がいるのはエモ王国だろ? もう国境越えるのか?」
「ええ。インデュトリアはエモ王国とラウデ王国の国境すぐ側にある街なの。汽車でなら昼過ぎには到着できるわ」
「へえ。珍しいな。首都って他国からは離れた位置にあるのが普通だと思ってた」
ジャンの言葉に窓際に座って外を眺めていたジュスティとラピュが輝く目をジャンに向けた。
「理由、ある」
「ええ。ラウデ王国は魔国と呼ばれているスクリベ王国の隣国ですからね! 人の敵である魔族や魔物の進行を受けぬように、魔族からの攻撃を受けた際に他国への連絡と援助を受けやすいようにとエモ王国のすぐ側に首都を置いたんです」
「……二人共、なんか詳しい? そんなにインデュトリアが楽しみなのか?」
「それはもう! 書人は誰しも知っている場所ですから」
訳が分からない様子のジャンと興奮している様子のジュスティを交互に見てから、ロプは苦笑を溢す。
「図書院で必ず読み聞かせしてもらう本があるの。『勇者の本』っていう御伽噺なのだけれど、ジャンは知らなくて?」
「勇者……ああ、あれか」
この世界には人間と魔族がいる。
魔族というのは魔法が使える人間のことだ。見た目は人間とほぼ変わらないのだが、目玉だけが違う。魔族の目は本来白目である部分が黒く染まっているのだ。
魔導書などがなくとも魔法が使える彼らは人間に害をもたらし、そして魔族の中でも力が強い者は魔王と呼ばれていた。魔王は人間の国に魔物を放ち、人間を殺めている。そんな魔王を止めるためにと人間の中から魔王と戦うことを選ぶ者も現れていた。そんな彼らを人は勇者と呼んでいた。
勇者は武力があるが、魔王の魔法の前では無力に近かった。何人もの勇者が魔王に挑み散っていく。そんな現状を変えたのが書人であった。
書人を仲間に入れた勇者が魔王を打倒したのだ。『勇者の本』はそのことを子供にもわかりやすく絵本にした物語であり、書人が主役に出てくる珍しい絵本であるがために、書人達は自分たちもそのように活躍できるのではと夢を見る。
「インデュトリアは勇者と書人が初めて会った街として絵本に出てくるの。書人達にとって憧れの街でしょうね」
「ええ、勿論です。物語でよく知っている街に行けるなんて楽しみです」
ジュスティの表情は楽しみでたまらないと言うように明るいものだ。朝の怯えた表情はなくなっており、ロプはこっそりと息を吐きだした。
「書人にとっては聖地みたいなところってことか。それなら行かないといけないな」
そう言ってから、ジャンはジュスティに視線を向けた。
「朝のジュスティの悲鳴には驚いたけれど、嬉しそうにしていて安心したよ。変なことは起きないって思っていいんだな?」
その言葉にジュスティの嬉しそうな表情がどんどん青くなっていく。かと思えば赤くなったりと忙しそうだ。ロプはため息をつき、目の前に座るジャンの脛に爪先を叩きつけた。




