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書は人の夢を見る  作者: ほしぎしほ
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11-4 縁書

 全てを知ったあの時の事を、ヴィクトルは今でも覚えている。

 町から追い出すかのように端に建てられた家の中にアニエスはいた。最初にアニエスを見た時、死んでいるのではないかと思ってしまう程の惨状だった。

 アニエスの手と足の指は全てあらぬ方を向いていた。剥がされた爪も辺りに散っていて、花びらと見間違えたのではないかと思いたかった。

 長かっただろう髪はざんばらに切られ、元は服だったとは思えない布切れがアニエスの身体にかかっていた。その肌には至る所に殴られてできた青あざや切り傷、火傷の跡がある。そして彼女の下半身にも暴行の痕が残り、体液が汚していた。

 ヴィクトルは動けなかった。どうすればいいのか、考える事もできなかった。

 そんなヴィクトルとは違い、ヴィクトルより先に来ていた者が震える足でアニエスに近づき、力を失ったように膝をついた。


「……許さない」


 涙声に震えているのか、怒りで震えているのかわからない。だが、その少女は、その書人は、友の身体を抱き締めた。


「あいつらを……絶対に許さない……。でも」


 書人は背後にいるヴィクトルを睨む。


「あんたのことも、許さない……!」


 書人に殺意を向けられ、ヴィクトルは息を呑む。何故自分が関係してくるのか。そう言葉にはしなかったが、顔には出ていたのか書人が続けた。


「アニエスは……ずっといじめられてたんだ! それこそ、あんたの娘からな!」


 書人の言葉にヴィクトルは瞠目した。その様子に苛立ったように、書人は叫ぶ。


「アニエスは隠してきたけどな。自分がずっと見てた! ずっと……何もできなかった……! アニエスが、止めてたから……。でも、もう我慢したくない」


 書人は感じていた。ヴィクトルに会ってからずっと、本能が伝えていた。――彼が自分のスピンであると。


「自分はアンジュー・ナイゲント。アニエスの為を思うなら、アニエスを自分の娘って認めるなら、自分に力を貸せ! お前は自分のスピンなんだから!」


 書人・アンジューが伸ばした手に、ヴィクトルは一瞬怯んだが、その手を握った。

 瞬間、アンジューの魔法が発動する。

 アンジューの8番目の魔法は『跳ね返り魔法』。対象が与えられた傷等が与えた者にそのまま返される魔法だ。魔法が解かれない限り、その返された傷は加害の証のように消える事は無い。

 その魔法が発動した瞬間、町の至る所から、若者の悲鳴が響いた。




「私の娘、レニエは腹違いの姉妹であるアニエスを平民だと苛めていたのだ。……平民にも貴族と同じように学べるようにと同じ学校に通わせられるようにしていたが、それが仇となっていた。レニエは領主の娘であることを使って、同じ貴族や平民の子供を仲間に入れ、沢山の者を使ってアニエスを苛めていた。……おかげで、町の若者のほとんどが怪我を負っていただろう?」


 ヴィクトルの言葉にジャンは町の様子を思い返す。特に辺りを注意深く見ていたのは若者だった。自分がしたことがバレてしまうのではないかと怯えていたのかもしれない。

 アニエスがされたことは酷いものだ。ジャンはヒデリから聞いたが、ヒデリもアンジューから聞いた時はショックを受けたと言っていた。彼らの自業自得であるならば、アニエスの恨みが晴れないのであれば、そのまま魔法を残す事も考えてもいいのではないかとジャンは思ったのだ。もし魔法を解いて罪の証が消えてしまったら、彼らは自分達が何をしたのか忘れるかもしれない。また、同じことが繰り返されるかもしれない。

 だが、ロプは首を傾げた。


「それで、僕が書人を諦めると?」


 ロプの一言にジャンも、ジュスティも驚いてロプに視線を向ける。ロプは肩を竦めた。


「罪を犯したことをわからせるため? 罪人の対処は領主様ならできることでしょう? 書人の魔法を使わなかくてもいいはずですわ。むしろ、その魔法を使っていることに危機感を持つべきでは?」


 ロプはアニエスを指す。


「どこかの国では人形を傷つけて相手を呪う手法がありますわ。貴方がやっていることは、それと同じような事ではなくて?」


 アニエスを利用して、恨みを晴らす。

 加害者たちは自分達がしたことを忘れないだろう。だが、人形となっているアニエスもまた、被害者であることを忘れられないのだ。ずっと、囚われることになる。


「その子の為を思えば、僕は書人から離すことをお勧めいたしますわ」

「何を言って!」


 アンジューがロプに噛み付こうとしたが、アニエスがアンジューの腕を掴んでそれを制した。アニエスはそのまま、ロプに近づく。そしてロプの目の前に立つと、アンジューの腕を離し、その背中を押した。


「……アニエス?」


 アンジューが不思議そうにアニエスを見る。アニエスは穏やかな笑みをロプに向けていた。


「この子が必要だというのなら連れて行ってください」


 その言葉にアンジューとヴィクトルが瞠目する。アンジューはアニエスの両肩を掴み、己と視線を合わせた。


「な、何を言ってるんだアニエス! 自分がいなくなったら、魔法が解けてあいつらに刻んだ傷が消えるんだぞ」

「わかってるよ、アンジュー。わかってて、言ってるんだよ」

「そ、それに、自分がもうアニエスと会えなくなってしまう。それは、それは嫌だ! 自分はアニエスとずっと一緒にいたい!」

「……ごめんね、アンジュー」


 アニエスは笑顔で告げた。


「私は、貴女といたくないの」


 アンジューの瞳が凍り付く。

 アニエスはヴィクトルに視線を向けた。静かに微笑んでいたアニエスだったが、ヴィクトルと視線が合うと声を上げて笑い出し、そしてひとしきり笑ってから怒り狂ったように声を張り上げた。


「私は、こんな生活も、あの人たちへの仕返しも、何も望んでいなかった!

 奥さんがいるのにお母さんに恋したお父さんが、お母さんに待っていてと言っておきながらなかなか別れないお父さんが嫌いだった! 普通のお父さんが羨ましかった!

 そんなお父さんを未練がましく待っているお母さんが嫌だった!

 普通の家庭を持つ皆が羨ましかった!

 普通に恋してる人たちが羨ましかった!

 なんでお父さんはお母さんに恋したのか、お母さんもなんでそんなお父さんに心許したのか、わからなかった!

 私が普通の家庭に生まれてたら、レニエにいじめられなかっただろうし、ビオランさんにもあんな嫌な視線を向けられるはずがなかった。

 それでも、皆と仲良くなれるように頑張りたかったのに、それもできなくて、アンジューがいてくれたからずっと寂しいことはなかったけど、それでも、皆が羨ましかった。

 レニエにいじめられたのは辛かった。汚されたのも嫌だった。痛いこともあったけれど、私が羨ましく思っていた皆の生活を奪いたくはなかった!

 私は望んでないから、そっちの自己満足で皆に仕返しなんてしないでほしい。

 ずっと、ずっと我慢してたけど、もういらない。

 どうか、もう、私を自由にしてください。」


 滅多に声を張り上げる事はなかったのだろう。後半は息も切れ切れで、そしてその言葉は涙で濡れていった。ボロボロと涙を零すアニエスの姿をヴィクトルは唖然と見ていた。




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