11-1 縁書
人に囲まれて、少女が泣いている。
見るからに仕立ての良い服を着て、綺麗に梳かされた艶のある金髪を持った少女が涙を流しながら言葉を告げる。
その言葉に自分は間違っていたのかと、泣きたくなってしまった。
□ □ □
ジュスティ達はエモ・イングニルフスム王国領に入った。この国はこの世界で一番の大国であり、技術も発達している。
「この近くにヴェトラートっていう町があるの。そこからは交通の便がよくなるから、まずはヴェトラートに向かいましょう」
テントで宿泊し、皆で朝食をとった後にロプがそう提案する。その言葉にジャンも頷いた。
「賛成だ。エモ王国はかなり広いからな」
「ジャンはこの国に来た事があったの?」
「ラピュに会う前に一度だけな。小さかったが、かなり驚いたから今でも覚えてるよ」
そう言ってからジャンはラピュとジュスティを見る。
「2人もすごく驚くんじゃないかな。どんな反応するのか楽しみだ」
「何かあるのですか?」
「そう。絶対驚くぞ」
そう言って笑うジャンにジュスティは首を傾げることしかできない。その様子を見てからふとロプはジュスティから聞いた夢の内容を思い出す。
「ジュスティが夢を見たから、ヴェトラートには書人がいるかもしれないわね。金髪の女の子だったかしら?」
「はい。他の特徴はわかりませんでしたが、格好から貴族の子かと」
「書人を所持してるのは大体貴族ですものね。……まあでも、図書院には行ってはみましょう」
ロプの言葉にジュスティが目を輝かせた。
「ヴェトラートには図書院があるんですか?」
「ええ。……ああ、今まで図書院がある町には行ってなかったものね。他所の図書院にも興味があるのかしら?」
「はい! 別の司書様にも会ってみたいなと思っていたんです。是非行ってみましょう主!」
嬉しそうに笑うジュスティにロプは目を細め、しかしどこか複雑そうに目を伏せた。
ジュスティ達がヴェトラート町に辿り着いたのは昼頃だった。歩きやすいように整備された固い道にジュスティとラピュが驚くが、ロプとジャンに連れられて辿り着いた場所では言葉を失くしてしまった。
その場所には様々な見た目の人がいる。大荷物を背負う者もいれば、動きずらそうな格好の者もいる。
そして彼らはとある物に乗り込んだり降りたりしている。それは、蒸気機関車であった。
「もしかしたら書物でなら読んだ事あるんじゃないかしら?」
「た、確かに名前だけなら知っていますが……」
蒸気機関車をまじまじと見ていたジュスティは朝よりもさらに輝きを増した瞳をロプに向ける。
「こんなにも大きいんですね! 沢山の人を運ぶとは読んで知ってましたが、もう少しコンパクトかと」
「中で寝る、できそう」
客席を見てラピュも表情は変わらないが、目はいつもより輝いている。そんなラピュにジャンも嬉しそうに見守っている。
「これからの旅には蒸気機関車も利用しますわ。町と町が離れているところは歩くだけ大変ですし。でも、書人を探したいからずっと乗っているわけにはいきませんけれど」
そう言ってからロプは今にも乗り込みそうなジュスティとラピュの腕を掴む。
「今日は乗りませんわよ。書人を探すのを忘れてはいなくて?」
ジュスティとラピュはその言葉にハッとして、後ろ髪を引かれる気分で駅を後にした。
ヴェトラートの町中は旅行客でにぎわっているように見える。だが、店員や住人と思われる人たちはどこか怯えているように視線を動かしている事が多い様にジャンには見えた。
すれ違った人に聞きながら、無事にヴェトラートにある図書院に辿り着いた。
司書に挨拶し、許可を貰ってからロプはまだ幼い書人達に声をかけにいった。その後をラピュも追いかけていく。残されたジュスティはここの司書・ヒデリに声をかけた。
「ヒデリ様も長くここに勤めているのですか?」
「そうですよ。……ジュスティさんはどちらの図書院で過ごされたんですか?」
聞きながら、ヒデリはポケットから飴玉を取り出してジュスティとジャンに差し出した。2人が受け取ったのを見てから自分の口にも飴玉を1つ放り込んだ。
「小生はビッブル村です」
「ああ……確かあそこは火事になったと」
「知っていらっしゃるんですか」
「ええ。他の図書院の情報はすぐに入るようになっておりますので。……ウナさんも亡くなったそうですね」
「はい……」
ジュスティは寂しそうに頷いてから、ヒデリに向けて笑顔を向ける。
「でも、ヒデリ様を見てると司書様を思い出します。同じ眼鏡をかけているんですね」
ジュスティに指摘され、ヒデリは自分がかけている眼鏡に触れた。
「ええ。司書にとっての制服のようなものですので」
「司書様もよく言ってました。かけてみたかったんですけど、いつも断られてたのを思い出します」
ジュスティは楽し気に話しているが、ヒデリは特に感情もなくジュスティの言葉に返していた。それを黙って聞いていたジャンだったが、ジュスティが口を閉ざすのを待ってから口を開く。
「司書同士で交流などはあるんでしょうか?」
「務める図書院に移動する前に一度だけ顔合わせはありますよ」
「新しい司書が決まると集まるんですか?」
「いえ、基本は一定期間で司書が入れ替わるんです」
「じゃあ、ビッブルの図書院の司書が亡くなってどうなるんですかね」
「さぁ……。今まで勤務する司書が亡くなるなんて聞いたことなかったですし、そもそも図書院を作り直すところから始まるでしょうから、しばらくは司書の補充もされないでしょうね」
同じ司書が亡くなったというのにヒデリは心を痛めたりしている様子はない。もう少し仲間意識があるのではないかと思うが、こういうものなのだろうか。
そうジャンが考えているところに、ロプとラピュが戻って来た。
「探している書人はおりませんわ。司書様、この町にいる書人は図書院にいる子たちで全員かしら?」
「いえ、もう1人いますよ。数年前にこの町の領主が引き取った子が」
ヒデリの言葉にジュスティがハッとする。
夢で見た貴族のような少女は領主の家族だったのだとしたら、領主が引き取った書人がロプの探す書人の可能性が高い。
ロプもそれに気づいたのか、ジュスティに向かって頷いてみせた。そしてヒデリに視線を戻した。
「では、領主のいる場所を教えて頂けますか?」
「ええ。まあ、大きな屋敷ですしわかりやすいですよ。ただ、すぐに会えるかはわかりませんが」
そう言いながらもヒデリは簡単に書かれた地図をロプに渡した。